AETE あの人がいるから旅したくなる。アエテ

19年度編集長
早川 遥菜

ハンバーグが大好きと公言していますが、 「母の作る」ハンバーグが大好きなのです。 気持ちに素直な人であり続けるために、 今日も沢山の物語に出会います。

2018.12.09

ゆっくり上って行った先に会いたい人に出会えるのならば、坂道が作り出す物語はいつだって美しくあると、私は思う。:湯島

和えて special

■急ごうと思っても

前の用事が思ったよりも長引いてしまった。私は電車を降りると急いで今日の旅の会場へと足を走らせた。
ふう。こんなに走ったのは久しぶりなせいか、思うように体が前に進まない。二十歳にして老化を感じるようになってしまったのか…と落ち込むのも一瞬、目の前にそびえる坂に驚く。体が前に進まないのはこの坂のせいだったのだ。
そしてそれと同時に今日の旅の会場「サカノウエカフェ」の名前を思い出す。坂の上にあるのかなあ。もしそれならば、あとどのくらい私はこの坂を上らなければいけないのだろう。

やっとの思いで目的地に到着すると、やっぱり名前の通りカフェは坂の上にあって、自分が立っている交差点の先々は全く見えない。傾斜が少なく平坦な道が多いと思っていた東京にあった「サカノウエ」から始まる物語に、私はドキドキしながらドアを開けた。

■湯島の街を見守り続けて4代目

「いらっしゃいませ」
オーナーの温かい声が私を優しく包み込む。外の冷たい空気に触れてきたせいか、目的地に着けた安堵感のせいか、目にうっすらと涙が溜まる。席には既に今日の旅の参加者がそろっていて、私は慌てて席に着こうとした。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
そんな風に優しく声をかけてくれる今日のホストは、112年もの歴史をもつジュエリーショップ「十字屋商店」の4代目を務める大道寺勇人さん。

「十字屋商店」の強みは、大切にしてきたお客さんのジュエリーを現代風に変えて、より使いやすくしたり、長く続くようにアレンジしてくれるところ。「まいにちジュエリー」というキャッチコピーには、常にジュエリーが生活の隣にある存在であってほしい、という想いが込められていて、十字屋商店はそんなジュエリーと共に湯島の街を見守り続けてきた。

そんな大道寺さん自身、生まれも育ちも生粋の湯島っ子。今回は大道寺さんが用意してくれた写真をみんなで眺めながら、湯島の街について教えてもらう。

「これは、魚屋のお姉ちゃんです(笑)」
誰が見ても魚屋のお姉ちゃんがメインであろう写真の中に、ちょこんと顔を出しているのが、大道寺さん(笑)。近所の魚屋さんに提供してもらった写真らしい。近所の人に昔の写真を貰うことができる街の温かさを感じて、思わずほっこりとした気持ちで写真を眺めてしまう。
大道寺さんが用意してくれた写真はまだまだ沢山あった。湯島の中心的な道を大胆に使ったパン食い競争や、青年部による運動会…。これが、たった30年前の話だというのだから、思わず私は目を疑ってしまった。
「町の人は、みんな知り合いでした。魚屋も、八百屋も、ジュエリー屋も。知っている顔が常にある町は、子どものぼくにとっても安心だったなあ」
この「安心」できる街に住んでいたことが、後の大道寺さんの活動に大きく影響していた。

■「おかえり」といってもらえる街へ

就職先はブライダルコーディネーター。「人が集まる場所をクリエイトしたい」という想いは、就活中にも四代目を継ぐときにも軸になっていたという。
しゅ、就活。絶賛就活中の私には、大変参考になる話。思わず身を乗り出して聞いてしまった。
そんな大道寺さんが大人になって気づいたのは、今の子どもたちには「おかえり」といってもらえる環境がない、ということだった。
お寺での子育てイベントの開催、ちびっ子広場での湯島音頭の復活。地元の人と様々な体験ができるイベントを企画することによって、大道寺さんは子どもが参加できる機会を作り出した。そしてこのことが今回のゲスト、サカノウエカフェのオーナー、町山さんとの物語を生み出すことになる。

■町山さん登場

ここで、カフェの営業で忙しい町山さんが、合間を縫って私たちのところにきてくれた。お店に来てくれているお客さんに気を配っているせいなのか、或いは緊張しているのか、少しそわそわしてはいるけれど、それでも優しくおおらかな雰囲気が溢れ出している素敵な人。
町山さんは大道寺さんとは違って湯島に「やってきた」人である。
「湯島は歴史が長いせいか、昔からいた人と新しく入ってきた人が意外と繋がっていなかった」
大道寺さんが当時感じていた湯島の弱点。どうしたら繋がることができるのだろう…。

一方、不動産屋さんの紹介など偶然が重なりこの街にやってきた町山さんは、こんな坂の上にお店を作っても人が来るのだろうか…と半信半疑だったという。
始めはランチが食べれるカフェとしてオープン。しかし病院や学校などが多く、立地条件も重なって、うまくいかなかったという。「サカノウエ」でも食べに来てもらえるお店にするには…と考えた結果、今のカフェが誕生した。
あまりにも研究熱心な町山さんは、一つの料理にものすごく時間をかける。試食はいつも奥さんや娘さん。
「もうこれ以上フレンチトーストは食べたくないよ」といわれてしまうほど、毎日毎日作り続けて、メニューができた今でも日々改良を続けている。

そんな努力家の町山さんが取り組んでいたのが「ねこまつり」というイベント。湯島には猫が多く、インスタ映えや癒しを求めに湯島にやってくる人が多くなったという。そんなねこまつりの繁盛を聞きつけ偵察にやってきたのが、大道寺さん率いる湯島「若旦那連中」(笑)。当時ねこまつりが盛り上がりを見せる中で、一緒に新しい湯島を作ってくれる人はこの人だ!と直感で感じた大道寺さんは「商店街に興味はありませんか?」声をかけたのだそう。
湯島の街は新しい歴史を作る大きな一歩を踏み出したのだ。

■おまちかねのフレンチトースト

2月と9月に行われているねこまつり期間は、町山さんのカフェにも猫にちなんだメニューがいっぱい。マシュマロの猫づくりは奥さんの担当。奥さんにとってねこまつり期間は憂鬱だというのがちょっとかわいそうだけれど、「マロロンモンロー」「にゃんバタートースト」などユニークな名前のメニューはどれも本当にかわいい。

そして美味しそうなカフェメニューをみんなで眺めているうちに私のお腹がゴロゴロ鳴ってきた。坂を走ってきたせいか、さっきからお腹の音が鳴りやまない。

私のお腹事情を察したかのように、ついにおまちかねのフレンチトーストの時間。

「お待たせいたしました!」
町山さんお手製のフレンチトーストが登場。インスタ映えはもちろん、染み込んだ卵とバター、それからハチミツがじゅわりと口の中に広がっていく。
もちもちする食感もまた、改良を重ねた町山さんの努力によってうまれたものなのだ。

食べるのがもったいないけど、早く食べたい。きっとみんなもそう思いながら食べているんだろうなあ。そう思っていると、あっという間に最後の一口になってしまった。

■坂道を上った先に

湯島の温かい物語は、周りを巻き込んだことで、今ではより奥深くじっくりと多くの人に浸透してきている。それはまるで町山さんの作るじゅわりとしたフレンチトーストのように優しく、温かい。
湯島で長く暮らしてきた人と、新しくやってきた人が上手く刺激しあって、湯島がどんどん活性化していってほしい。そして「おかえり」といえる場所を多く提供できる街にしたい。大道寺さんの想いは、これからも温かい湯島づくりに多くのヒントを与えるのだろう。

帰りもやっぱり、坂の急さには驚いてしまう。だけど、この「サカノウエ」に優しい物語があると知れば、全然苦しくも辛くもない。スキップしてだってこの坂道を上がってしまいたいくらい。湯島の坂は、実はそんなに急じゃないのかも。
ゆっくり上って行った先に、会いたい人に出会えるのならば、坂道が作り出す物語はいつだって美しくあると、私は思う。

早川遥菜


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