AETE あの人がいるから旅したくなる。アエテ

19年度編集長
早川 遥菜

ハンバーグが大好きと公言していますが、 「母の作る」ハンバーグが大好きなのです。 気持ちに素直な人であり続けるために、 今日も沢山の物語に出会います。

2019.12.24

今ある日常の欠片を必死に拾い集めて、自分の物語のパズルに埋め込もう。椎名町の夜。

和えて special

■そして、街に一目惚れ

長くカフェにいたせいか、冷房から抜け出した途端に寄り添ってきた優しい夕方の風は、
ちょっぴり汗ばんだ私の肌に触れて、なんだかとても、心地よい。
それだけでこの街に降り立ったことを幸せに思う、水曜日の日暮れ。

要町から大通りに沿って歩き、椎名町方面へと足を進める。最初は首都高の看板が見えるほどの大きな通りだったが、いつのまにか手を伸ばすと道を塞いでしまいそうになるくらいの小さな道が続いてくると、私は胸がいっぱいになった。ここに来たのは初めてなはずなのに、何故だか懐かしくなって涙が出てくる。
狭い道沿いにしっかり収まって並んでいるどのお店からも会話が聞こえる。目の前を歩いていたおばちゃんが急に立ち止まったかと思うと、反対側から歩いてきた女性と立ち話を始めたり、「あとは塩昆布と、しらすと、大葉を買っておうちにかえろうね」と渋い買い物リストを読みあう母子がいたり、手を繋いで帰る夫婦がいたり。住んでいる人の物語がもう見えるこんな素敵な場所が、池袋から一駅のこんなところにあったなんて。
来年はここに住む。決めた。

■街がつくる、宿

恋は盲目、という言葉は案外間違いではないのかもしれない。
私は寧ろ街に一目惚れしているただの旅人で、目的地をも簡単に通り過ぎていた。
慌てて地図の矢印がさす方向まで戻ると、「とんかつ一平」という情緒ある看板が立っていた。あれ、間違ったのだろうか。しかしオシャレな入り口とガラス窓から見える中の温かい雰囲気に、ここが今回の旅の会場だと確信できた。

そう、ここが今回の旅の会場『シーナと一平』だ。通り過ぎてしまいそうになったのは、築45年となる古民家のリノベーションによって生まれた、この古き良き雰囲気がそのまま残っていたからだろう。

シーナと一平は、「まち宿」という施設で、現在地域の人だけでなく、特に外国人の方に親しまれているという。
「まち宿」というのは、町全体が宿泊施設の役割を分担し、宿泊者には旅の中に地元住民の「暮らし」を体験してもらうというもの。
なので、ご飯を食べる時は外に出かけるし、お風呂に入るときは近所の銭湯に行く。
国や地域の日常を巡る旅は、文化を知りたいと思ってやってくる外国人旅行者に特に人気があるそうだ。
そしてそんな旅の会場で話をしてくれるのが、今回のゲスト、鈴木英嗣さん。彼は「世界のおやつ」というお菓子のブランドを創立し、お菓子を通じて企業や自治体・大使館などと連携しながら、街づくりや商品開発、店舗プロデュースなどを行う事業をされている。

またシーナと一平の一階ではお菓子工房を作り、店を始めたい人の起業支援としての、シェアキッチンの企画・運営も行っているそうだ。入り口にあった小窓は、ここから道に向かって店頭販売する時に使うのだそう。人が触れ合う絶妙なこの街の道の狭さが、この小窓の店頭販売の時にはかなり雰囲気を出すという。
畳の上に座布団を引いて日本らしさを感じることができる、そんな素敵な場所にゲストたちが集い、英さんの物語が始まった。

■優しさの中で世界を回る

家族でとにかく海外を回った子ども時代。そんな家庭環境のおかげもあってか、今では「旅オタク」と自らを称するほどの旅好きだという英さん。特に最初に住んだ国、オランダでの生活は、英さんにとってかなりの影響を及ぼしたという。
オランダでは当時、移民の受け入れが盛んで、英さんが所属していたサッカーのクラブチームにも様々な人がいた。肌の色や人種などの違いも様々だったが、偏見なく自然にみんなが溶け込める街にいたことで英さん自身の価値観も大きく変わっていた。
だからこそ、大学入学と同時に日本に帰ってきた英さんは、日本という国に根付く「空気を合わせる」という風潮に違和感を感じたらしい。それは私にとって新鮮な気づきだった。
実は私、海外経験がない。私と同じように未知の世界を堪能しているゲストはどのくらいいるのだろう…と思っていたら、まさかの全員海外経験ありだった。中には40か国以上旅した方も訪れていて、皆さん旅の話になると大盛り上がり。写真をみてどの国か答える問題もあっという間に答えてしまい、私はあまりの知識のなさに恥ずかしささえ覚えてしまうほどだった。
しかしそんな私に優しく手を差し出してくれたのが、シーナと一平のスタッフの方だった。中国の方だったが、覚えたばかりの日本語で優しく話しかけてくださって、私が一人にならないように説明をしてくださったり、一緒に笑ってくださったり。心がほっこり、温かくなる。
椎名町の一角で私は今、世界旅行をしている。不安な気持ちはいつの間にかスタッフの方によってなくなり、心から楽しめていたことに気づいた。

■夢を一つ、叶えたら

旅が好き。その想いは、就活にももちろん影響した。英さんは「るるぶ」を制作する会社に入社し、編集者として7年働いた。
そんな時に起きた東日本大震災。私と同じ福島県いわき市の出身であるという英さんにとって、震災は避けては通れない出来事だったという。
故郷のために何か自分ができることは何なのだろう。英さんがそんなことを思っていた時に出会ったのが「食べる通信」という活動だった。
一次産業の生産者と消費者を繋げて、食材と一緒に想いや物語を届ける。それは消費者だけでなく生産者の意識も変えることで互いの共感を得て、そしてその共感を形にしていくということだった。この活動の立ち上げや構想に関わったという話をきいて、てっきり英さんの夢は叶えられたと思っていた。
しかし英さんは夢を叶えるどころか、0から自分で何かを作らなくてはいけないという使命感に駆られたという。一つ、また一つ夢を追い続ける、そんな彼を動かす原動力は何なのだろう。
私は途中でその答えに気づいた。それは、妻のあやさんの存在だ。

■想いで心を動かすお菓子の旅

あやさんが素敵な笑顔を見せながら各国でお菓子作りを教えてもらう写真をスクリーン越しに眺めて、思わずその美しさに見とれてしまう。こんな素敵な奥さんがいるんだ…。
パティシエとして活動されているあやさんにふと芽生えた
「お菓子や、それを形づくる食材・素材の物語を伝えられるパティシエになりたい」
という想いに従うままに、ある時2人は1年間、お菓子を巡る旅をすることになった。
それは、ただ世界を回ってお菓子を食べる、単なる食べ歩き旅行ではない、現地のパティシエにきちんと作り方を教えてもらって、想いを聴いて、文化からまるごと習得する。とても大変な旅であるということは間違いなかった。
言語が違う異国の人がいきなり「お菓子作りを教えてください」とやってきたら、普通だったら断るだろう。国によっては、お菓子作りに女性が参加できなかったり、宗教が違かったりもする。その関門というのは、二人が思っている以上に険しいものだった。
しかし持ち前の人柄の良さと2人の心からの感謝の気持ちは、世界各国のお菓子作りの人達の心をつかみ取り、結果沢山の人に教えてもらうことができたのだそう。
どこまでも互いを尊敬しあい、そしてその気持ちを外に発信し続ける二人の絆が結んだ旅。他の誰にも真似できない、繊細で素敵すぎる旅に、いつまでも鳥肌が立ち続けていた。

■物語を添えて召し上がれ

そしておまちかねのおやつタイム。今回は、フランスの「ウィークエンドシトロン」というお菓子と、中東の「ハルヴァ」というお菓子を用意してくださった。

物語を聞いたこともあって、より現地の人の想いや生産者の顔が鮮明に浮かんでくる。世界のおやつを前に笑顔になるゲストたち。畳の上で開かられるお茶会によっていつのまにかゲストたちの緊張はほぐれていた。

■溶け込んだ日常の欠片を

立教大学で学んでいた英さんにとって、椎名町という街は通学路として利用していた、日常の中に溶け込んだ場所の一つであった。椎名町で仕事をすると決めたのも、自然と愛着を持っていたこの街だからこそ決断できたことなのかもしれない。
私にとって溶け込んでいる街や人、日常って何だろう。
当たり前すぎて意識することさえしていなかったけれど、もしかしたら二度と同じ日常は来ないかもしれない。そんな街や人、普通のことに目を向けたら、きっと小さなことでも周りに恩返しできる何かが見つかるかもしれないのだ。

ここに住むと決めた。私にとっていつかこの街が、日常になる日がくるのかもしれない。
もしそれが叶わなくても、今ある日常の欠片を必死に拾い集めて、自分の物語のパズルに埋め込もう。椎名町の夜空は、そんなことを私に教えてくれているようだった。

早川遥菜


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