場所があることに甘んじず、新しい空間を求めて努力し続ける:外苑前
■久しぶりの旅に出て
南青山。待ちゆく人の煌びやかな姿を見てから、自分の足元を見た。
白くてごつごつした靴に真っ黒な汚れが目立つ。どうやら急いでいたせいか、バイト用の靴をそのまま履いてきてしまったらしい。
「綺麗な靴は素敵な場所に連れていってくれる」
漫画か雑誌で聴いた言葉を思い出した。少なくともこんなオシャレな街、南青山の一等地でこの靴は履くべきではなかった。
私にとって今日は久しぶりの旅するトーク。嬉しいことに、ライターが沢山生まれて、私は誰かの物語を読む機会が増えた。
街のあちこちに出会いの物語が生まれることは何よりも嬉しいが、やはりこの旅に向かう時の感情は特別だ。
今回降り立つ外苑前駅は、実は旅するトークで降り立つのは2度目。ラグビーの話を聴いたせいか、ホームに降り立つだけで、不思議とこの街で出会った人の名前や顔が浮かんできて、自然と笑顔になってしまった。ほら、街がもう、味方だ。
■大人の階段を、一つだけ
今日の旅の会場、『ワインワークス南青山』が見えると、会場の外ではホストの芳賀さんが私たちを待っていてくださった。
あれ、どこかでお会いしたことがある…。
そんな私の記憶は大当たり。実は初めて私がレポートを書かせていただいた「銀座一丁目旅するトーク」でゲストとして参加していた方だったからだ。感動の再会に緊張がほどけてから、大人な雰囲気の入り口を抜けて、会場に入った。
外苑西通り沿いに2年半前に開店したワインワークス南青山。今回話をしてくれるゲストスピーカーは、このお店のオーナー、有本雄観(たけみ)さんと、店長の関口智也さんだ。
お酒の回だからか、ゲストの皆さんも落ち着いた方が多く、思わず背筋が伸びてしまう。これが「大人」か。私も今日の取材は、大人らしく挑もう。
■二人の想いが重なって生まれた「ワイン」の形
創業者の有本さんには、学生時代から何か新しいものを生み出したい、という熱い想いがあった。
大学卒業後は、ベンチャーキャピタルの会社で、自分の想いと同じく何か新しいことを生み出すことに挑戦する人のサポートをする仕事を行ってきた。それでもやはり自分自身で事業を起こしたい、と感じた有本さんは、ワインのリテーラーとして独立した。その後、偶然訪れたワインの試飲会にて関口さんと出会い、そして意気投合することになる。
ワインの流通を始めた時は、まさか自分がお店を持つなんて思わなかったという。しかし「場を持つ」ことは有本さんにとって外せない大切な要素だった。何かが集まる場所があれば、きっと新しいことを沢山発信していける。いろいろな物件を探す中で、最終的に「発信拠点」として選んだ南青山は、それに相応しい場所だ。
店内には、たくさんのアート作品や季節に合わせた花が飾られていて、空間を使って楽しむことを心掛けた有本さんのお店は、美術館のような優しい雰囲気が漂っていた。
ちなみに「美術館」と私が感じたのは気のせいではなく、実は店内に使われている照明器具は実際に美術館で作品を照らす器具として使われている、自社製の照明器具を使用しているのだとか。
こんな素敵な空間で美味しいワインを飲めるなんて。旅に出てよかった。
一方トークが関口さんの番になると、ワインのグラスを片手に登場。どうやらみんなで真面目に話を聴く雰囲気が恥ずかしいらしく、「早く皆さん酔ってください!」と笑いを誘いながら、予想以上に早い乾杯と共に物語がスタート(笑)。
そもそも関口さんがワインに興味を持ったきっかけは、ワインの持つ「かっこよさ」と「上品さ」にあったという。
普段は内に秘めている想いや気持ちを、すっと吐き出してしまえるような、そんな素直さを持っているお酒の場。そして特にワインというお酒には、「人」と同じ要素が詰まっている、と関口さんは私に話してくださった。
例えば、赤と白があるのは、人でいう「人種」で、ブドウの品種が違うのは、人でいう「言語」で、それから出身地が違っていたり、それぞれに家族がいたり…。
そんな「人」に似たワインを味わうことは、きっと私たちにとってのコミュニケーションツールの一つになるはずだ。
関口さんは、そんな可能性をワインに感じたという。
ワインのインポーターに勤める中で、「ワインをもっと手軽なものにしたい」という想いが強くなった。専門的な知識で楽しむだけではなく、空間や場所づくりの要素として「ワイン」が貢献できるのでは、という想いは、有本さんの想いといつしか重なっていた。
■良い物語は共有しなくちゃ
そんなお2人の1時間のトークが終わり、残りの時間はお待ちかねの食事タイム。
シェフ・渡辺さんのお手製料理とワインの相性は抜群だ。
料理を囲みながら楽しく話すゲストの皆さんはいつのまにかすっかり仲良くなっていて、乗り遅れてしまった私は、カウンターの向こうでお酒や料理の提供をしている関口さんのところに向かった。
私が質問を沢山投げかけても、嫌な顔一つせずに話してくれる関口さん。
そしてその物語がなんとも素敵だったために、私一人だけ聴くのはもったいない、と思い、
なんとゲストの皆さんを呼び掛けて、みんなで聴くことに(私、頑張った !)。
私が素敵だと思ったのは、なぜ関口さんが「場や空間を意識されるようになったのか」という私の問いに対するストーリーだった。
実は4年ほどディズニーのキャストをされていたという経験が、空間を意識するきっかけになったのだという。
友達、家族、恋人と「ディズニーに行く」予定が決まった時から、うきうきして、うずうずして、その興奮はディズニーに行く前から溢れ出して止まらない。そんな想いをしたことはないだろうか。
そう、ディズニーという場所は、行く前からその場所に対する想いが溢れる、不思議な場所なのだ。
キャストを勤めていた時から、こんな思い出溢れる場所を作りたい、という憧れがあったという関口さん。ワインワークス南青山という場所もまた、来る前からお店への想いが溢れて止まらない、そんな風にお客さんが思ってくれたら嬉しい。
そんな想いが空間へのこだわりの原点にあったのだ。
ちなみに、ゲストの皆さんと物語を共有したことで、
「ディズニーで働いていたなんて!」と驚いていたのは、実は私だけではなく、ゲストの皆さんだけでもなく、なんと前から関口さんとお付き合いがあった仕事仲間の方たち(‼)。
旅するトークは、身近な人こそ気づかなかった、そんな新しい発見があるのが、何よりも面白いのだ。
■南青山という場所が持つ力
1枚のアート、1点の料理、1杯のワインから生まれる物語は壮大だ。だからこそ、青山でこれからもお店を続けるならば、旅をしていかなくてはならないのだと、2人は話してくれた。
青山という場所でお店を構えるということの意味。それは、場所があるからこそ出来ることを探していくのはもちろんのこと、場所があることに甘んじず、新しい空間を求めて努力し続けなければいけない、ということだった。
場所があることで、人は安心感を感じ、甘えてしまう。
家だったり、学校だったり、職場だったり。人が持つ場所はそれぞれの形があり、依存の仕方も人それぞれだが、居場所があることは、良いことだ。
だけど居場所に安住するのではなく、時に遠くに行かないといけないことがある。
就職活動も終わり、1つの場所を見つけたことで、何 となく今いる場所の居心地の良さを感じてしまっていた自分に気が付き、これではだめだ、と思い知らされる。
真っ黒に汚れた靴は、青山を歩くにはやっぱりふさわしくない。だけど、靴がもっと汚れるくらい必死に、もっと進んで行かなくてはいけないような気がした。
早川遥菜
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