AETE あの人がいるから旅したくなる。アエテ

早川 遥菜
編集長
早川 遥菜

ハンバーグが大好きと公言していますが、 「母の作る」ハンバーグが大好きなのです。 気持ちに素直な人であり続けるために、 今日も沢山の物語に出会います。

2020.01.07

19年9月25日、西新宿、旅するトーク

和えて special

■浴槽の栓を抜いて


帰宅ラッシュに逆らうように西新宿の街を歩く。例えば行き交う人の数の流れを多数決で決めるとすると、圧倒的に負けである。
就活のときによく通ったこの道も今となれば思い出深い道で、スーツを着て緊張しながら面接に向かう自分とすれ違いそうな気がしてきょろきょろしてしまう。
こんなに沢山の人が今日も一日この街で一生懸命働いていた。そして今はお風呂の栓をぱかっと開けてそこに水が流れていくように、あっという間に人がこの街の浴槽からいなくなるのだ。沢山の街を歩いてきたけれど、新宿はまだどれが本当の姿なのか、わからない。

そんな人混みを抜けた先にある一つの大きな学校。これが今日の会場、西新宿調理師専門学校だ。専門学校に入るのは初めてだったから、普段私が通う学校とはまるで雰囲気の違う素敵な校内に感動してしまった。コック帽をかぶった2人が私を見るなり、「こんにちは!」と笑顔で挨拶をしてくれて、それだけで都会で生まれた緊張もあっというまにほぐれた。
こんな素敵な挨拶をしてくれる学校で始まる今日の旅も、絶対に素敵なものになるに違いない。

■今も昔も変わらない「ダイエット」への知識に

そんな今回の旅で物語を話してくれるのが、フードプランナーであり、管理栄養士であり、野菜ソムリエ上級プロでもある、岸村康代さん。
西新宿調理師専門学校とは、なんとこの学校の先生に岸村さんの大学時代の友人がいるということと、彼女自身教壇に立ったことがあるということで、このイベントが実現したという。大学時代の友達との繋がりが今日に繋がるなんて、当時の2人はきっと考えてもいなかっただろう。
岸村さんは現在、多数の本を出版するだけでなく、テレビなどのメディアにも取り上げられるほど大注目されている、食の専門家である。
確かに、見た目から伝わる美しさと優しくおっとりとした人柄は、多くの人に支持されるべき人であると思ったが、そんな私の楽観的な考えは、岸村さんの物語であっという間に変わってしまった。

「これが10年前の私です」
そう言って見せてもらった写真からは今の岸村さんの姿を見つけることができなかった。
食べることが大好き。とにかく食べる、食べる。
岸村さん自身、ダイエットに興味がないわけではなかった。むしろ健康志向で、様々なダイエットに挑戦してはリバウンドする日々。15kg以上も太って体調も崩し、努力に比例しない自分の姿に、写真も撮れないほど自信を無くしていたという。
岸村さんの話を聴きながら、自分のことを考えていた。高校生の時、ダイエットが流行って、
部活や勉強を理由に昼食を抜く生活をしていたことを思い出した。
母にはめちゃくちゃ怒られたし、正直あの頃の自分の写真を見ても素敵だとは思えないけれど、そのくらい「太りたくない」という気持ちは強かった。
わたしもだけど、自分の体型や見た目に気を遣う友人はかなり多い。むしろ気を遣わない人なんていないくらいだ。オシャレやメイクよりも体型にはものすごく敏感な一方で、ダイエットの仕方なんて誰も知らない。テレビや雑誌で紹介される程度だったし、今も昔もそれは全く変わっていない。だから私も岸村さんの気持ちが、痛いほどにわかる。

■好きと物語が繋がって

「仕事に『食』を選ばなくても必ずあなたにとって大切な『誰か』のためになる」という先生の言葉で管理栄養学を学べる大学に進み、自分の好きなことをとことん貫いた学生時代。
当時は栄養学を利用した仕事が少なく、給食センターや病院での受け入れ程度だったが、
それでも大好きなことを学問にできる毎日は心から楽しかったという。
就職先に選んだのは、おにぎりの具を開発する会社。なんと岸村さん、今では普通に商品列に並んでいる「トロサーモンおにぎり」を作った人だったのだ(おにぎり大好きな私にとってはかなり驚き)。
生物を安値かつ安全におにぎりの中に入れるのに、簡単な道などあるはずもなく、「岸村部屋」と呼ばれる部屋を作ってもらうほど、工場に寝泊まりする日々が続いた。
そんな岸村さん、体調を崩すのも時間の問題だった。
救急車で運ばれたことをきっかけに、自分の生活とやっと向き合う機会が作れた岸村さんは、会社を退職後、一度は食の仕事から離れたものの、病院やメタボリックシンドロームの現場で指導役として活躍。病院での仕事は学べることも多かったが、ここで思い出したい、岸村さんの原点。
岸村さんは「食いしん坊」なのだ。
食べることが大好きなのに、体重や体型を気にして患者さんの食事に制限をかけるなんて、そんな辛いこと、できるわけがない。病院で症状がひどくなってから来る患者さんを目の前にして「食べちゃダメ」「これしか食べないでください」という指導に、心苦しさを感じた。そうなる前に、もっとできることがあるはず。
彼女のやりたいことは、「健康なモノを『美味しく」食べること」。
メタボになる前に、倒れる前に、病気になる前に。美味しく健康を意識する方法をみんなが知っていたら、どんなに素敵なのだろう。
岸村さんの転機の欠片は、こうしてころころと転がって、すとん、とパズルのピースのように綺麗にはまったのだ。

■相手に寄り添う、食との向き合い方

岸村さんの物語にいつも共通しているのは、「周りの人に恵まれている」ということ。
美容系の雑誌を読んでいるときに、「康代は食べ物のページばっかり見てるね(笑)」といって無意識の食への愛に気づかせてくれたのは友人だったそう。
今では多数のメディアに紹介されているが、その原点も、岸村さんのキャリアに目をつけてくれたプロデューサーの存在がなければ、こうして多くの人に自分の想いが届くこともなかった。
だけど私は思う。周りの人に支えてもらえるというのは、岸村さん自身が誰よりも周りへの感謝をもっているからなのだ。岸村さんの周りへの想いは、こうして物語を進める原動力となっていた。

トークの後は、みんなで岸村さんに質問タイム。お子さんがいる方、学生の方、立場が違っていれば食への悩みも全く違う。だけどそんな一つ一つの質問にも、立場と環境を考えて、自分のことかのように丁寧に話している姿を見ると、改めて美しい人だと感じた。

■自分次第でどこまでも広がるもの

食の仕事は「自分次第でどこまでもひろがるもの」になった。岸村さんが就職活動をされていたときよりも、スポーツ栄養や食育、商品開発など、様々な場所で「食」という分野は大活躍している。それは岸村さんが作り出した大きな一歩であり、これからの食への意識が大きく変わる時代を作ったということだ。
食に限らず、今では色々な職業が増えた。
就職活動を終えて3か月がたったが、今でもあの時のことを思い出しては、不思議な感じになる。沢山の選択肢の中で自分のパズルにあてはまるものを見つけて、ピースをはめては取り出し、はめては取り出しの繰り返し。そうして少しずつ形を見つけていって、最後にはきちんとパズルが完成する。ピースの種類が増えた今の時代は、本当に大変だったけど、でもすごく貴重で素晴らしい経験だとも思う。

西新宿の街は色々な顔を見せる。どれが本当の新宿の姿なのかはわからないけれど、でも、どの姿も、きっとまちがいなく、「西新宿」であるのだ。

早川遥菜


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