ずーちゃんの考える未来と、人々がつくる暖かな雰囲気:恵庭、旅するトーク後編
このレポートは、恵庭で出会う。主人公的な魅力と自信と責任を持つ佇まいの人。(恵庭、旅するトーク前編)の続きです。
では、経営者としてのずーちゃんは、この喫茶店の未来をどう考えているのか。
たくさんやりたいことがある。お金を集めることが出来たら、選択肢はもっと広がる。ずーちゃんは、「おしゃれ」や「もの」を商品にするのではなく、人の価値や魅力に重きを置いて、お客さんを増やしていきたいと考えた。
アグラクロックではよくイベントが催される。それらのイベントは、どんなふうに企画されるのだろうか? ずーちゃんが企画を実現するのには、ひとつの条件がある。それは、自分がその企画にわくわくするかしないか。それさえあてはまれば、ずーちゃんは持ち前の実行力でイベントを実施するのだ。
ずーちゃんは、言葉が好きで、言霊を信じているのだという。「たのしい」「うれしい」「幸せ」。そういう明るく豊かな感情が集まって、みんなの大きなエネルギーになる瞬間を、夢見ている。イベントは、そんな瞬間を生み出す場なのだろう。
そんな、わくわくを重視してイベント作りをするずーちゃんには、ある原体験があった。小学五年生の時に友達に言われた言葉である。
その言葉はこうだ。「真似しかしないね」。この言葉にずーちゃんはショックを受けたのだという。同じようにして同じように楽しむことが責められることだと思っていなかったから。それをきっかけに、ずーちゃんは考えだした。
「自分って何なんだろう」。
そしてこう思うようになった。
「他人が考え出さないオリジナリティーを持ちたい」、と。
そんな体験が元となり、「他のものも良いねって思いながら、自分のアイデアに対して頑固さを持ってやる」今のずーちゃんの姿勢ができたのだった。
▪夢を追う人を応援しつづけられる人になりたい
最後にミライについての話に移った。ずーちゃんはスライドを捲った。
そのスライドは、白紙だった。これからのことは白紙だと、いうことだ。
自分には場を作る役割があるのだ、と、ずーちゃんは言った。
好きなものがお金になるということ、作り手の循環。一人じゃなくても、みんなでやればできる。
「30年後どうしていると思う?」と、進行役の細川さんが問いかける。
それに対してずーちゃんは、
「知名度がつき、発信力があり、デビューしたい人を応援する立場になる事が目標」と語った。
支え、応援する人になるために、まず自分が力をつける。それから、夢を追う人を送り出す。予定は白紙だけど、どう見つけていくかははっきりしている。
このトークイベントは、参加者も主人公。ずーちゃんのトークを聴いたあとは、みんなで各々の「夢中」について話し、それが何か当てっこをするゲームをした。
誰もが、夢中になっているものを持っていた。わたしは「書くこと」について話した。同じグループの中では、「人と関わること」や「コーヒーショップをオープンすること」や「ウクレレをはじめたこと」など、実際にその人が実践しているあれこれだから、生活を垣間見たようで面白かった。
▪思い思いに
いつまでも、自由な空間だった。
あちらでは思いのままに楽器を奏でる人が居て、そちらではバーベキューと会話を楽しむ人が居て、わたしはずっと舞台の前でキャンピングチェアにすわって、いろんな人と知り合っておしゃべりをした。
そんな中で印象的だったのは、アグラクロックのような場所を作りたい人もいたということだ。取り入れたい要素は胡坐をかいてゆっくりできるということ。彼は人と交流する場所を作ろうとしていた。逃げたい人、つらい人が、どうにか上を向きたいときに訪れて人と会える場所をつくりたいと彼は言った。
深い話も取り留めのない話も、穏やかな夜に。
▪更けていく夜、再集合
夜も更けた、そんなころ。ある動画がスライドに投影された。まばらになってそれぞれのことをしていた人々は、もう一度舞台に集まった。内容はもちろん、二周年を記念した、みんなの思い出だった。
ずーちゃんはすでに泣きそうだった。そこへさらにプレゼントが渡された。プレゼントはみんなのメッセージの入ったアルバムだった。
こんなにあたたかな空間が一人を原点に生まれるものなのか。わたしはとにかくびっくりした。でもその様子を前にして、信じる他なかった。それほどその場の空気が、人びとの素敵な感情で包まれていた。
▪朝まで歌う人踊る人寝る人
買い出し班が買ってきた花火が舞台の遠くで行われている中も、音楽は人が入れ代わり立ち代わりで演奏された。初めは聞いているだけの人も歌っていた。
私は結局朝になるまで寝ずに、ぼんやりと時を過ごした。寒くなっても大丈夫だった。温かい音楽とあたたかい服があり、あたたかい人びとがいてくれたから。
夜、舞台上で次々と繰り広げられた音楽は、かけがえのない宝石を見た心地がした。人が入れ代わり立ち代わりセッションして、数人が近くでそれを眺めていた。夜の空気が浸食したり遠のいたりする中、近くでは発電機の音がして、あったかい光が舞台のテントから照らしていた。
そんな中、ずーちゃんは絶えずあたりを巡回して人を気遣っていた。ずーちゃんの言葉は耳にするもの全て人をおもんばかる心から生まれていて、どれもとても綺麗だった。
▪朝を迎えて
だんだんと空は明度を増し、日が差してあったかくなった。東京の夏の朝から程遠い、爽やかな朝だった。
私はたくさんのものに助けられた。
こうくんに貸してもらった上着に。
ずーちゃんに貸してもらったスウェットに。
ずーちゃんママに掛けてもらったひざ掛けに。
なっちゃんに貸してもらったふわふわのショールに。
ろくな防寒対策をしてこず、いつまでも寒そうにしている私に、こんなにもたくさんの人が防寒具を貸してくれた。こんな経験は、やっぱり人と一緒にいるからだろう。一人だったら寒空をただ眺めて凍えていただろう。
ここに集まってきた人たちは、そういうふうに集まっては、みんなで遊んで、交流してきた。
その絆の深さにうらやましくなると同時に、そのあたたかな手に助けられてよかったと思う。
思えばフェスの前の晩は大雨が降った。けれどこの両日、曇り空でも天候は保たれた。いろんな良いことがフェス、ずーちゃん、みんなのおかげのように思えたし、あるいはこのフェスのために止んでくれたのだろうか、とも思った。