護国寺で「狂言」を学ぶ
■慣れ親しんだ街での開催
なんて良い天気なんだろう。木の葉が一枚、さらさらと上から落ちてきた。金木犀の匂いこそしないものの、今年はいつもよりも秋が長く感じるのは私だけだろうか。冬の匂いがいつまで経ってもしないのが心配になるほど、今日は秋の空が真っ直ぐと伸びている。
いつもは迷子にならないように、と携帯とにらめっこしているけれど、今日の私は違う。ここは私の慣れ親しんだ街。家までバスで5分だし、普段から学校のボランティア活動でこの辺はよく歩いている。そういえば上京して1番最初に迷子になったのはこの駅だった。今考えても、どうしてそんなに迷子になったのかよくわからないのだが、泣いた覚えもある(笑)。途中で私と同じく迷子になっていたおばあちゃんに声をかけてもらって、一緒に出口を探したこともあったっけ。とにかくここは何かと思い出に溢れている。親しみあるこの街で、いったいどんな新しい発見が待っているのだろう。
■ただ好きというきもちだけで
今回の旅の会場は、閑静な住宅街のなかにある「Apricasa音羽倶楽部」さん。住宅に紛れ込んでいるせいか、家のような温かい雰囲気が外からじんわりと伝わってくる。
それにしてもこんなところにこんな素敵なカフェがあったんだ。知らなかったなあ。
実はこのカフェ、今回のホストである高宮千尋さんの学生時代のアルバイト先。昔のバイト先で、自分の話を聞きに沢山の人が来てくれるイベントを開催するなんて、千尋さんはもちろん、ここのオーナーの佐藤倫也さんも考えもしなかっただろう。佐藤さんもさっきからなんだかとても嬉しそうにコーヒーをカップに注いでいる。
今回のホストは、高宮映子さんと千尋さん。名字が同じだからもうお分かりだと思うが、映子さんがお母さんで、千尋さんが娘さん。親子そろって大好きな狂言の魅力を発信したいということで、今回の旅が開催されることになった。
今日のテーマは「狂言」であるが、実は2人とも狂言のプロ、なわけではない。
ただひたすらに狂言が「好き」。その気持ちだけで成り立ってしまうのが、旅するトークの良いところ。
最初に映子さん、千尋さんの自己紹介と、2人の狂言との出会いを聞いてから、2人が感じる狂言の魅力やおすすめの楽しみ方を教えてもらう。
■絵本で狂言を学ぶ
2人によると、狂言の魅力はずばり決められた「型」にあるという。ストーリー、キャラクター、セリフ、動き、全てに型があり、そしてそれらはユーモアあふれるものが多いため、初めての人でも十分に楽しむことが出来るのだそう。
またわかりやすいストーリーは絵本になることもしばしば。今日は「柿山伏」という絵本を、千尋さんが読み聞かせをしてくれることに。
学生時代、狂言サークルに所属し、現在も劇団員の研究生として活躍されている千尋さん。そんな千尋さんが読む「柿山伏」は、読み始めと共に、一気に私たちを惹き込む。物語が面白いのはもちろんなのだが、千尋さんが読むと登場人物に命が吹き込まれて、まるでわたしたちの目の前で山伏たちがやりとりをしているようだ。
また、映子さんは素敵なイラストを描いたスケッチブックを使って、わたしたちに狂言のキャラクターや衣装について教えてくれた。今まで狂言と聞くと、難しそうな日本の文化芸能というイメージがあったけど、イラストで説明してもらったり、絵本で朗読してもらうと、とても入り込みやすい。
■美味しい食事をいただきながら
狂言の魅力を知ってきたところで、だんだんとお腹も減ってきた私たち。今回の旅するトークはお昼をまたぐため、なんと嬉しい食事付き。しかも佐藤さんが10時間煮込んで作った「牛すじカレー」か、東京で美味しいパンケーキ第2位に選ばれた「パンケーキ」のどちらかを選べるという素敵なおもてなし付きだ。選べるのはすごくうれしいけど…迷っちゃうなあ。
散々迷ったあげく、私は牛すじカレーをチョイス。濃厚なカレーにとろとろの牛すじがたっぷり入った贅沢カレー。今まで食べたカレーの中で、正直一番、美味しいかもしれない。お母さんごめんなさい。
でも、パンケーキもとってもおいしそう。たくさんあるパンケーキ屋さんの中で2位って、本当にすごい。やっぱりパンケーキにすればよかったかな…。
お口も満足だが、耳を傾けると狂言のお話も聞ける。千尋さんが実際に狂言の実演もしてくれる。目も耳も口も大満足な今日は、なんて幸せな日なんだ。
■狂言が生み出す親子の会話
「2人は普段、仲が良いんですか?」
ゲストの方の質問に、2人揃って「仲悪いです!」(笑)。
余りにも息がぴったりなので、思わず、うそでしょ?と疑うほど。
どうやら話を聞いていくと、映子さんと千尋さんの普段の会話には、型にはめられた狂言のセリフが常日頃登場するそうで、例えば「それ本当?」とか「それマジで?」なんて私たちが言ってしまうところを、この2人は「それはまことか」「真実か」と言い返すのが日常らしい。狂言好きな親子でないと生まれない会話だし、2人が笑顔で話しているのをみると、やっぱり仲が良さそうだ。
■護国寺と狂言
護国寺と狂言。それは千尋さんの狂言を習うきっかけになった場所だけではなくて、狂言を聞きに行ける場所があったり、狂言師さんがお稽古に来る場所だったり、護国寺には「狂言」という文化がいつも隣り合わせだった。
いつも歩いている街や場所でも、実は知らないことがたくさんある。そしてそれを知ると、より一層、この街のことが好きになる。私は今日それを誰よりも感じた。
旅するトークの次の日、ボランティア活動のため再び護国寺を歩いた。いつも歩いているはずなのに、わたしには全然違った街並みにも見える。大きな通りを歩いているだけでは絶対に見えないけれど、私はあの建物の向こう側に素敵なお店、素敵なものがたりがあることを知っている。それがちょっとだけ誇らしくて、普段からここを一緒に歩く仲間たちに、あとで教えてあげよう、と心の中で決めた。
早川遥菜
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