AETE あの人がいるから旅したくなる。アエテ

19年度編集長
早川 遥菜

ハンバーグが大好きと公言していますが、 「母の作る」ハンバーグが大好きなのです。 気持ちに素直な人であり続けるために、 今日も沢山の物語に出会います。

2019.03.05

落語の神様は、落語を通して「仲間」という素敵なプレゼントをくれたのだろう。:稲荷町

和えて special

■2回目の稲荷町に降りて

スーツを着て説明会に行くことが増えた。気が付けばあっというまに夕方になっていて、誰とも話さずにパソコンとにらめっこして終わる一日だってある。そんな私にとって、旅するトークはずっとずっと特別なものになっていた。就活生になった私の楽しみは、どうやらここにあるようだ。

さて、今回で2回目の稲荷町。前にお話を聞いたせいか、全く迷子にならないし、仏壇屋さんの並んだ通りさえも何だか懐かしく感じてくる。
そして今日の旅の集合場所「下谷神社」の前へとやってきた。

堂々とした赤い鳥居の奥は、大通りを一本奥に進むだけなのにひっそりとしていて、急に私の周りには都内を感じさせない下町感が漂ってきた。
夕暮れの闇にしっかりと佇む下谷神社が今回の主役。実はここは、日本の古き良き伝統として語り継がれている「寄席」発祥の地なのだ。
実は私、大学では落語を学ぶ講義を受けていたり、一人で落語を観に行ったこともあるくらい興味があったので、今日の旅は密かに楽しみにしていたのだった。
「いいえ、神社でも誰でもなく、私が本日の『主役』でございます」
みんなが集まったところで、着物を着た男の人が、優しい笑顔でみんなを笑わせた。

■落語の神様はいつも隣に

今回のホストは、稲荷町で薬局を営むみぞろぎしゅんすけさん。
実は前回もホストとして稲荷町を盛り上げてくれたみぞろぎさんは、去年の9月から稲荷町で薬局を営む薬剤師さんである。
しかし普通の薬剤師とちょっと違うのが、彼は薬剤師でありながらも薬を使わない健康法を広げているということ。ラジオやボードゲーム講座など薬剤師さんの範囲を大きく超えた彼の活動には毎回驚いてしまう。そしてそんな魅力あふれるみぞろぎさんと再び会えたことが、とても嬉しい。
そして今日のゲストスピーカーは、昨年の11月、稲荷町に「落語サロンあじゃらか」を設立したばかりの七夕さん。仲間たちが後ろから見守る中、七夕さんと私たちの旅が始まった。

ところで七夕さん、なぜ「七夕」という名前なのかというと…
7月7日生まれだからだそうだ(笑)。
「そのまんまですわ」という言葉から始まり、落語家さんらしい愉快なお話には、一同大爆笑。
そんな七夕さん、実は生まれは東京ではなく長崎だという。小学校卒業と同時に神戸に引っ越し、そこで「落語」という文化に出会った。
当時、落語はテレビやラジオを中心に大人気。七夕さんも夢中になって聞いていたが、憧れの落語家への道は厳しいものだった。競争率の激しい世界では、弟子入りもなかなか認めてもらえず、進展のないまま七夕さんは社会人になった。
それから数年、七夕さんは東京への転勤が決まった。その頃の七夕さんと言えば、既に落語家の道へ進む自分の夢を忘れかけていたという。
そんな七夕さんに転機が訪れたのは2010年。
勤めていた会社を辞め、時間に余裕ができた七夕さんは、ある日何気なく落語を観に行く機会があったそうだ。
久しぶりに聴く落語。笑いが起こる空間。七夕さんは心がときめき、昔の感覚が戻ってきたような気がした。
その後落語教室に通いだし、のびのびと落語を楽しめる環境が欲しいと新しい場所を探し始めたのが、ここ、稲荷町に来るきっかけとなった。

■物語の世界に入り込む

「稲荷町が寄席発祥の地って知ったのは、ここの場所を見つけてからなんですよ」
その言葉に思わず驚く。
寄席発祥の地だと分かってここを選んだとばかり思っていたが、実は下谷神社の寄席の神様に呼び寄せられるかのように、七夕さんはここにたどり着いたのだ。

「あじゃらか」という言葉には「All Japan Amateur Rakugo Casa」の頭文字を取ったものと、三遊亭圓朝が作った「死神」というお話に出てくる呪文から取ったものの二つの意味が込められているらしい。
「死神」というお話は私のテスト範囲だったので(笑)、気が付かなかったのが悔しい。

七夕さんが今回私たちに話してくれるのは「ちりとてちん」というお話。
ただ落語を鑑賞しに行くとなると、解説も説明も無しに進んでしまうため、初めて見る人にとっては「内容が理解できるだろうか」「笑えるだろうか」などという不安も出てくるかもしれない。しかし今回は話の流れだけではなく、使う道具の説明やしぐさの説明まで詳しく話してくれたので、安心してみることができた。

さあ、そしていよいよ七夕さんの噺が始まる。
お囃子の音楽が流れ、七夕さんが登場してきた。さっきまでのトークをしていた七夕さんの雰囲気はどこにいったのだろう。まるでお話の中に入り込んでしまったかのように、私たちが知っているさっきまでの七夕さんはもうどこにもいない。

お話の中に登場してくる人物、食べ物、匂い、情景。全てが私の目の前にはっきりと浮かび上がってきて、聞いている自分までその話の中に混ざってしまったかのようだ。そしてそう思っているのは私だけではないことに気が付いた。聞いている全てのゲストが、身を乗り出して、キラキラした目で七夕さんの話を聞いていた。
落語は、限られた道具や話一つで様々な動作、情景を作り出さなくてはいけないため、聞いているお客さんも想像する力が必要になってくる。しかし七夕さんの落語はそんな想像力を手助けしてくれるかのように分かりやすいから、映画やドラマでも見ているような気分だった。面白さを通り越して、感動さえする、そんな芸術性も感じた。

あじゃらかの方によると、落語は歌舞伎や他の伝統芸能と違って、気軽に観に行くことができるのが良さの秘密だという。時代が変わってもしぐさや笑いの場所は変わらない。世代問わず笑えることが、落語の最大の魅力なのだ。

「落語サロンあじゃらか」では、落語の「話し方」を利用したビジネスやプレゼン向けの会話教室もしているという。面接対策に私も行ってみようかな…(笑)。

■縁を結ぶ小さくて温かい街

旅が終わり、私は外に出た。
七夕さんを後ろから見守っていた「あじゃらか」の皆さんが、仲良くにこにこしながら片付けをしていた。笑いを人に提供するってとても大変なことだけど、とても大切なこと。
落語の神様は、七夕さんの温かい人柄と優しい話し方に、落語を通して「仲間」という素敵なプレゼントをくれたのだろう。
稲荷町はそんな縁を結んでくれた素敵な街。また物語がこの場所で一つ生まれた。

早川遥菜


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