人情溢れる街、銀座一丁目の旅
■銀座一丁目に降りて
上京してきた私にとって、銀座はこれで3回目。「銀座一丁目駅」も、やっぱり他の駅と一緒で出口が多いから困る。東京の駅は出口を一つ間違うと大変なことになるから、しっかりと改札付近の地図で足を止めて、間違っていないことを確認してから外に出た。
今日はどうやら「銀座の鉄人」と呼ばれている人の話が聞けるらしい。だけど、知り合いもいなければ、ここは大人の街、銀座。慣れない場所でどうやって「旅するトーク」までの時間をつぶそうかな。私は少し考えてから、親しみあるチェーン店のカフェに入ることにした。
親しみあるなんていったけれど、狭い階段ですれ違う人はみんな私より大人で、スーツを着て、パソコンをいじったり、難しい顔で大事そうな話をしたりしている。同じお店なはずなのに、大学近くにある店舗とは雰囲気が全く違うので、私は唯一の味方を失ったような気がした。
氷が解けて味が薄くなったコーヒーを一気飲みして、わたしは再び銀座の街をふらふら。いい匂いがするな、と振り返ると、ヒールを履いた女の人が髪をなびかせながら歩いていた。「そうだ、写真を撮ろう」と立ち止まると、怪訝そうな顔で私をにらみながら颯爽と私を追い越していく人もいて。この街はイメージした通り、大人な街で、誰もが忙しそう。キラキラとしたショーウィンドウのガラス越しに映る自分の姿は少し惨めに見えた。
■強めなおばちゃんに出会う
今回の「旅するトーク」の主人公は、銀座の大衆食堂「三州屋」で若旦那を務める、三州ツバ吉さん。
スマホの地図機能を唯一の希望に何とか待ち合わせ場所に到着したまでは良かったのだけれど、トーク会場らしき場所は見つからず、ただ私の目の前にあるのは道から少し奥の所に控えめに佇む「三州屋」と書かれた家のような建物が一つ。手に汗を握りながら、勇気をだして路地に向かい、引き戸に手をかけた。
ガラガラ。中に入ると、仕事終わりのサラリーマンたちで大賑わい。大学生の私は明らかに浮いていて、帰りたい…と強く思ってしまったほど。
「あの、今日はお話を聞けると伺ってこちらに来たのですが…」
「え?ここは食べ物屋だよ、あんた間違ってるんじゃない?」
忙しいから話しかけないでアピールぷんぷんのおばちゃんたちの威圧はすさまじい。
どうしよう…帰ろうかな。と本気で考えていたとき、偶然にも同じトーク参加者の人に声をかけてもらって、一安心。…いや一安心なんてもんじゃない。私にとって涙一粒さえ落ちてきそうなほどの安心感だった。案内されたのは階段をのぼった先にある一番奥の部屋。どうやら今晩のトーク会場はここで行われるようだ。
■「銀座の鉄人」にご対面
あ、いた。この人がツバ吉さんだ。一目見てそう思いました。だって、変な仮面をかぶっていたから。
「銀座の鉄人」と書かれた黄緑色のTシャツを着た、普通ではなさそうな人。でも、怖い、とは思わなかった。仮面を被っていても、きっと優しいオーラが滲み出ていたからかな。会場は既にほかの参加者の方のおかげで温まっていたので、私もほっとして腰を下ろした。私に話しかけてくれる人のおかげもあって、緊張の糸もほぐれてきたところで「旅するトーク」はスタート。
■街を彩る人と旅する人が生み出す温かさに触れて
銀座で生まれ、銀座に育ち、銀座を誰よりも愛する、そんなツバ吉さんの夢は「銀座のホコ天」でプロレスをすること。実は「三州屋」の若旦那としてだけではなく、プロレスラー、マラソンランナーとしても幅広く活躍されているツバ吉さん。
「僕は料理はめっぽうだめで。」という食堂の若旦那らしからぬ声に、一同大爆笑。そういえば、ここに入った時からこの会場は温かい雰囲気がしていたなぁ。今日来ている参加者の人たちはどんな人たちなんだろう。そう思って周りの人に話を聞いてみた。
「僕は、香川から来ました。」「ツバ吉さんのマラソン仲間で。」「facebookを見て来ました。」いずれにしても、ほとんどが初対面。なのに始めから優しくて居心地の良い雰囲気が生み出されているのには、本当に不思議だった。
■やりたいことはいまやらなくちゃ
東日本大震災を通して、やりたいと感じたら行動に移すようにしているというツバ吉さんは、世界各国のマラソン大会に参加し続け、特にジャングルマラソンは世界初の4年連続完走中。「ジャングルと銀座のギャップに惹かれてね(笑)。」とジャングルマラソンの魅力について話すツバ吉さん。マラソンはいつも仮面を被っての参加で、その理由について
「何もコスプレしなかったらただのマラソン好きの親父やん、そもそも僕は走る練習は嫌いです。」と断言。
正直、めちゃくちゃな方だな、と思った(笑)。だけど一つ一つに全力で悔いのないように行動しようとしているツバ吉さんは本当に輝いて見えた。私はどんな大人になるのか、どんなものに興味を示して、何を好む大人になるのかはまだわからないけれど、ツバ吉さんみたいに全部に全力を尽くせる大人の人になりたい。そう強く感じた。
■三州屋名物「鶏豆腐」
温かいトークの後は、美味しいご飯のお待ちかね。三州屋の「鳥豆腐」はあっさりとしたスープの中に鶏肉と豆腐がたくさん入っていて、特性ポン酢につけても最高。初めて食べたのになんだか懐かしい感じもして、鳥豆腐はまさにこのお店の雰囲気が作り出す味だと思った。それから、お刺身の盛り合わせは驚くほど肉厚。手軽な値段でこの美味しさが、このお店の人気の理由。
たった1時間ほどの雑談タイムだったのにも関わらず、慣れない銀座にいるはずなのに、まるで親戚のお家に来ているみたいな居心地の良さ。初めて出会った人ばかりなのに、まるでずっと前から知っていたかのような温かさ。私はいつのまにか進路相談まで乗ってもらっていた。初めて出会った人たちとこんなにも話ができるなんて、お店に入ったばかりの時は考えもしなかったけれど、今考えると、お店の引き戸に手をかけた瞬間から既にこの物語は始まっていたんだなって。
■優しさは共に時を過ごしてわかる
終わりに記念撮影。
「おばちゃん、写真撮ってもらえますか?」と、電卓でお金の計算真っ最中のおばちゃんに頼んでみた。怒られることも覚悟の上だったけど、
「これ(スマホ)重くてやんなっちゃうね」と笑顔で冗談をこぼしながらスマホを受け取るおばちゃんに、私はつい笑ってしった。最初は怖い人なのかな…と思っていたおばちゃん。この場所で時間を過ごしてきたからこそ見えた優しさだった。時間をかけてわかること、足を運んでわかること。これも「旅するトーク」の魅力の一つだと感じた。
■人情溢れる街、銀座一丁目の旅を終えて
「お邪魔しました」
普通お店を出るときは「ごちそうさまです」というのに、「お邪魔しました」という言葉が咄嗟に出てきたのは、わたしが居心地よくその場に居れた証拠。本当に楽しかった。嬉しかった。帰らなくてよかった。素直にそう感じた。
ここは銀座一丁目。わたし、いつの間にか銀座にいたことを忘れていた。人情に溢れる銀座は、私のイメージとはかけ離れていたけれど、それはなんだか嬉しいことで。
「銀座でプロレス、できたらいいな」なんてふと思いながら、軽い足取りで銀座一丁目駅に向かって歩き出した。
早川遥菜
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