疲れているサラリーマンの心のパズルを埋める、歌謡曲バー:新橋
■新橋パズル
「目的地周辺です。案内を終了します」
いや、ここといわれても…。音声案内に誘導されて着いたのは、明らかに今日の会場とは思えない施設の広場だった。まもなく時間は開始時刻。今日こそはと思って20分間に到着していたのに、どうしてこうなるの。しかも今回は間違いなく私一人では到着できそうにない。だって案内終了されちゃったんだもん。
新橋を航空地図で見ると、ビルがパズルのピースのように敷き詰められていて、実際に街を歩くと、ビルの中にもたくさんの会社が敷き詰められている。新橋に来るのはこれで3回目だけど、やっぱり、わたし、迷っちゃった。
もう自分ではどうすることもできず、電話で誘導してもらうことにした。パチンコ屋があって、牛丼屋さんがあって…。おかしいなあ、絶対この近くにあるはずなのに。
「見つけた!」
どうやら電話の向こう側が、先に私を見つけてくれたらしい。無事に知っている人に会えると、安心したのか涙さえ出てきた。着いた時の安堵感は、今までの旅するトークの中でも最高位だったかもしれない。
そしてここで驚く。なんと到着したビルは何度も何度も歩いた道の目の前にあったのだ。私の方向感覚のなさに呆れる。それにしても本当に「新橋パズル」、難しいなあ。
■新橋でタイムスリップ
キラキラのミラーボール、壁一面のレコードの装飾、今では全く見ない髪型をしたアイドルのえくぼが印象的なポスター。
それは明らかに今の時代とはかけ離れた世界で、迷子になったはずみにタイムスリップしてしまったのだろうか、と思ってしまうほど。私はどうやら素敵な空間に来てしまったようだ。そしてなにより驚いたのが、レコードの数である。
レコード屋かと思わず目を疑ってしまうほどの大量のレコードたちがきちんと行儀よく収納されている。ここで一体どんな話が聞けるのだろう。
そんな今日の舞台であるこのお店「スポットライト」を営む、オーナーの安東暢昭さんが、本日の井戸端スピーカー。
今回も多くのゲストが安東さんの物語を聴きたいと近場からも遠方からも参加してくださったのだが、何よりも遠くから来たのは、実は安東さん本人だった。
安東さんは福岡在住で、現在は月に1度、10日間だけ東京に来ているという。福岡にもお店を構えているため、安東さんのファンは全国各地に渡る。今回のゲストの中にも鳥取から同窓会の合間を縫って駆けつけてくれた人がいたり、学生時代の友人が来てくれた人がいたりと、たくさんの人たちが集まってくれた。
安東さんの温かいおもてなしによるお料理やおつまみを味わいながら、レコードで流す曲を懐かしみ、そしていよいよ安東さんの物語が始まる。
■人への想いが、新しいものを生み出す
「小学校の歌のテストは本当に苦手で」
こんなに今は音楽に囲まれたお店を構えているのに、実はシャイな性格のせいで、自身が音楽を発することは苦手だったという安東さん。そのかわりにモノ作りが好きで、何かを作ってはそれを誰かに見せるのが自慢だった。
そんな彼に転機が訪れたのは、社会に出てから数年後、同窓会で再開したばかりだった安東さんの大切な友人が亡くなったときだった。
大切な誰かが自らの命を落とすことを哀しんだ安東さんは、これから先、こんな哀しいことをする人が生まれない世の中にしたい。そんな風に考えるようになった。
その後、「どんなときでも自分にとって居心地が良くなる『社交場』」が必要だと考えた安東さんが生み出したのが、この「スポットライト」だったのだ。
■共通言語にもなる「歌謡曲」
ところでどうして、安東さんは昭和の歌謡曲にこだわるのか。
私は平成生まれだから、昭和のことは何も知らないけれど、さっきから盛り上がっているゲストの皆を見ていると、その魅力を何となく感じる。
お茶の間でテレビをつけると流れてくる音楽番組。そこに出てくる国民的アイドルや人気な曲が流れ始めると、チャンネル争いをしていたはずのリモコンがあっというまにマイクに変わり、みんなが一斉に歌い出す、踊り出す。
今は平成で、来年は新しい年号がまたやってくる。だけど、今ここにいる人たちはものすごく自分たちの時代を楽しんでいる、そんな風に感じた。「昭和」という時代が生み出す歌はいつのまにか「共通言語」という機能を身に着けていて、そんな歌謡曲の力は絶対に誰かを救ってくれる。
安東さんの歌謡曲への想いはここにあった。
■一つの音楽に、それぞれの物語が
今回の井戸端イム(参加者交流)のテーマは「あなたの好きな曲紹介」。
「スポットライト」では、リクエストカードというものが各席に置かれていて、自分の好きな曲を流してくれるという素敵なしくみがあるという。
今回はそんなリクエストカードを使った井戸端イム。ゲストの方がそれぞれ自分の好きな曲を流し、思い出と共に話してもらうという企画だ。
イントロクイズのように、各々の選択した曲を真剣に聴く一同。出だしをきいただけで「ああ、この歌ね~!」と盛り上がっているみんなが少し羨ましい。私はほとんどが初めて聞く曲ばかりだった。答え合わせをしてもみんなと一緒に歌えない。昭和を知っているみんなが少し羨ましくなった。
しかしそんなことも言ってられない。わたしもきちんとリクエストカードを出さなくては。
実は平成生まれといっても、父の影響で、昔から家族ドライブの度に何かと歌謡曲を聞かされていた。そのせいか、友人とカラオケに行くと、最近の曲は全く歌わず演歌や歌謡曲ばかりいれるので、変な温度差で気まずくなってしまうくらい…(笑)。
そんなわたしが選んだ曲が流れると、二十歳が選ぶ曲だと思わなかったのだろうか、みんな目が真ん丸だった(笑)。だけど、やっぱりみんな知っていて、完璧に歌えることに改めて驚く。
同じ歌を聴いても、思い出す記憶や感情、物語は人それぞれだ。歌謡曲を通して、お互いのことを知っていくというのは、誰でも出来てしまう、素敵なコミュニケーションの取り方だった。
■素の自分を出せる場所
安東さんはどうして、新橋にお店を出したのだろう。
それは、疲れているサラリーマンが足を多く運ぶ街だから。安東さん自身も、このお店を出す前には、サラリーマンとして勤務していた。自分もかつてよく訪れた街だったからこそ、この街には思い入れがある。
「心身ともに健康に」を何よりも大切にしている安東さんの想いは、これからも新橋に来るたくさんの人たちの心のパズルを、歌謡曲と共に埋めてくれるだろう。
早川遥菜
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