きっとみんなが幸せになって上を向いて歩く、そんな絵をこの空に描くのだろう。:渋谷
■大迷路、渋谷のど真ん中で
始まる5分前に着いたからと言って、私が迷子にならなかったとは限らない。今日の旅する会場は渋谷。そう、あの、工事中でよく分からない渋谷駅を通らなければいけないのだ。
というわけで私は余裕をもって30分前行動していた。それなのに5分前に着くというのだから、どのくらいさまよっていたのかは、想像がつくと思う。
さて、去年の12月にも開催されたダブルトールカフェでの旅するトークが好評につき2回目の開催になった。前回では、オーナーの斎藤さんの話を始めとして、このカフェができるまでの経緯やコーヒーへの熱い想いが主に語られたが(斎藤さんのお話は、前回レポートを書いてくれたまなさんのレポートを是非こちらをご覧ください)
今日は特別編。このカフェにはたくさんの彩り豊かな絵が飾られているのだが、今回はそんな絵を実際に描かれている、山口香代子さんの話を聞くことができた。
■旅するゲストはどこまでも
今日のゲストは「旅する」が似合うほど、遠くからのゲストがたくさん。
京都から来た人、大阪から来た人。山口さん自身も宇都宮から来られたということで、日本各地から山口さんファンが駆け付けた。
そして山口さんがにこにこしながら笑顔を向ける先には、可愛らしい女の子が。そう、今回は、香代子さんのお孫さん、娘さん夫婦まで駆け付けてくださったらしい。
そんな家族の温かみ溢れる雰囲気をおすそわけしてもらいながら、香代子さんの物語が始まる。
■美しい物語と人柄に
5歳の時に両親が一度離婚し、香代子さんが母方の実家に住んでいた頃によく面倒を見てくれた男の子がいた。忙しい母に代わっていつも優しくしてくれた男の子が、香代子さんは大好きだった。
しかし1年後に両親が復縁をすると、家族でまた生活できることに喜びを感じ、それ以来男の子に会うことはなかったという。
それから13年後。
「ぼくと付き合ってください」
香代子さんはある男の人に告白をされた。当時よく遊びに行っていたカフェで初対面の男の人にマッチ箱を渡され、家に帰って中を開けると、「明日の〇時に〇〇集合で」というお手紙が入っていたそうだ。
始めての男性とのお付き合い。香代子さんは胸がときめいた。
付き合い始めてお互いのことを知るようになってから、香代子さんは10年前の話を彼にしたことがあった。
すると、彼は目をまん丸くして
「それ、ぼくだよ」
と言ったらしい。
そんな「彼」こそ、今わたしの横で一生懸命香代子さんの写真を撮っている、この男性の方なのだが。
私は驚きと感動で一気に目が潤んだ。
香代子さんと旦那さんの小説の中のような素敵な出会い。あと一回まばたきをしたら絶対に涙が出てくると思った私は、急いで水を一気飲みした。
香代子さんの物語はまだまだ続く。
その後2人は結婚を決めるが、厳格なお父さんは大反対。日本刀を持ってくるほどの怒りように我慢ならず、2人は駆け落ちをする。
たった5000円を握りしめて東京へ。偶然にも拾ってもらったパチンコ屋さんでなんとか生活を続けるが、ある日赤羽のパチンコ屋の屋上で宇都宮に続く東北線を眺めていると、香代子さんの目にはいつのまにか大粒の涙が溜まっていた。香代子さんの「帰りたい」想いはそれから溢れ出して止まらなかったという。
そんな香代子さんに優しく「帰ろうか」と言ってくれたのも、旦那さん。
無事に結婚をした後も、香代子さんの苦労は続く。
旦那さんの作った染物の服を売り込む毎日。終電を逃して泣く夜。その度に旦那さんは心配をしてくれて、いつまでも一番の味方でいてくれた。
■いつも後ろには大好きな人が
そんな波乱万丈な香代子さんだが、自身が絵を描き始めたのは、65歳の時が初めて。なんと絵を描き始めてまだ5年しか経っていないというのだ。
リサイクルショップで見た猫の絵がきっかけで絵を描くことを始めた香代子さん。
「おまえ、いい絵を描くなあ」
そんな旦那さんの一言で絵を描き始めることになるが、「仕事」としての絵を描き続けていると、時々どのように書けばよいのかわからなくなることもあったという。
旦那さんはそんな香代子さんの前に大きな白いキャンパスを差し出して
「ここに好きな絵をかいてごらん」
と言った。
絵を描くきっかけをくれたのも、歌が下手だと思っていた香代子さんに歌を歌わせたのも、いつも「やってごらん」という旦那さんの一言がきっかけだった。
どんなに不安なことでも、苦しいことでも、旦那さんの言葉にはなぜだか背中を押される。それはきっと、5歳の時に出会った頃から変わっていない。
香代子さんの絵は多くの色が使われているのに、なぜだか色同士が喧嘩していない。
それは香代子さん自身が絵を描く際に自分の絵を眺めないことと、染めている時間に次の絵を決めることにコツがあるという。
香代子さんの絵を誰よりも応援しているのは、もちろん旦那さん。
「のろけばかりでごめんなさい」
と何度も手で顔を隠しながら語る香代子さんは、本当に可愛かった。そして私の隣で口をへの字にして香代子さんの話を聞いている旦那さんは、もっと可愛かった。
■ふわふわのカフェラテ
今日の旅するトークはダブルトールのお手製タコライス付き。
卵の半熟加減と優しいトマトソースがよく絡んで、本当に美味しい。その後に登場したメインのカフェラテは、斎藤さんが発明したマジックティップによって世界一きめの細かい泡が作られ、今まで味わったことのない泡が口元に当たった。なんて表現したら良いかなあ、洗顔をたくさんたくさん泡立てて顔に着けたときのふわっとした感じ。こんなカフェラテ初めて飲んだ。
実はオーナーの斎藤さんと香代子さんが出会うのは初めてで、この2人を繋げたのが、服部さんという方である。
服部さんは、お店とアートをつなぐお仕事をされている方で、山口さんの絵と物語を聞いた時に、「ダブルトールカフェ」の名前が頭に浮かんだらしい。それぞれのお店に合ったアートは物語も必要不可欠。服部さんが繋いでくれなければ、今回の旅するトークは生まれていないと思うと、縁が繋ぐ温かい物語の参加者としてこの場に居合わせたことを心から幸せだと思った。
私がお店を出ると、来た時に降ってた雨はまだ止んでいなかった。相変わらずどんよりとした雲が渋谷の街に広がっている。
もしもこの大きな空に、香代子さんが色を付けたら。
きっとみんなが幸せになって上を向いて歩く、そんな絵をこの空に描くんだろうな。
鮮やかできれいな色を、雲と雲の隙間にも埋めていって、そうして灰色の世界が一瞬で変わってしまうんだろうな。
私は香代子さんの絵を思い浮かべながら、渋谷の大きな歩道橋を上った。
早川遥菜
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