思わず子供の頃に戻ってしまいそう。本屋の持つ温もり:東池袋
■いつもの道をたどりながら
子どもたちが走るのを慌てて追いかけたり、手をつないで一緒に帰ったり。
大学のボランティア活動で小学校まで移動する時に使うこの道は、あんなにいつも通っていたはずなのに、こんなに素敵な本屋さんがあるなんて全く知らなかった。
もっと早く知っていたら、私はもっともっとこの街が好きになっていたのかな。
そんなことをポツリ考えていると、しんと静かなこの街に降る雨が、ちょっとだけ強くなってきた。静かな街にこだまする雨の音はどこまでも奥深く、切ない。
■男泣きから始まる物語
そんな私にとって見慣れた街、東池袋で今回物語を語ってくれたのは、
「新栄堂」の3代目、柳内崇さん。
小学校がすぐ隣にあるため、通学路として賑わうこの東通りに位置するこの本屋さんは、たったの10坪しかない。
でも入ってみて驚く。この本屋さん、どうやら地下があるみたいだ。恐る恐る階段を下っていくと何やら楽しそうな声が聞こえてきた。今日の会場は、いつも私が通りすがりに見ていた本屋さんの空間ではなく、地下にできた居心地良さそうなスペースらしい。緑色の落ち着いた壁には美しい絵が掛けられていて、本棚には昔ながらの雑誌や本が上品に置かれている。
今回のホストの和田野さんと崇さんは同じ会社の同期として知り合った。「旅するトーク赤坂」でのゲストスピーカー、青野さんの壮絶な物語を和田野さんが崇さんに話した際、「俺もつらかったんだ…」と男泣き(?)したことから、男泣きの回、とまでささやかれている今回の旅するトーク(笑)。
そんな友人同士の会話から始まる旅するトークも、こんなに人を集めてしまうのだから、すごい。
崇さん、和田野さんにゲストスピーカーの話を持ち掛けられたときは「俺なんかできないよ…」と言っていたものの、ゲストのために用意してくれた資料は9枚に渡る自伝と、当時の池袋の街をはじめとする写真資料、そして自分の年表まで。わかりやすく面白い資料は、後のトークで「なに話してたんだっけ(笑)」とつい脱線しがちな崇さんのお話を元に戻してくれる、欠かせないものになってくる(笑)。
■ミカン箱の上に並んだ本
「新栄堂」書店ができたのは、今から73年前。当時崇さんの祖父に当たる宗次さんが、終戦後の焼け跡が虚しい池袋東駅前に、ミカン箱の上に本を並べて売っていたそうだ。
当時「本」は娯楽としても情報の入手方法としても大切な存在で、飛ぶように本は売れた。しかし今とは反対に、材料が少なく本を作ることが売り上げを追い越せない時代。
少しずつ信頼を得るように新栄堂はお店を広げ、そんな中、崇さんは生まれた。
本は好きだったが、フィクション系はいつも挫折していたという崇さん。しかし一方で歴史や哲学など、事実をまとめたものには熱中し、そんな本が後に崇さんを救うことになる。
崇さんは一度会社員として自分の決めた会社に入社後、後を継ぐことになった後も、
実は出版業界はまだまだ成長を遂げていた。
しかし時代の変化と共に出版業界に暗雲が立ち込めると、自分の焦りとは裏腹に社員さんの緩くほんわかとした態度に、何とかしなければいけないと崇さんは感じたのだという。
その後、熱い想いを裏切るかのように、崇さんのもとに相次いで起こる経営困難の物語は、資料にまとめられるほどの簡単なものではなかった。
こうして崇さんの話を聴いていると、この日、この場所で、みんなで物語を共有しあえることが奇跡のようにさえ感じてしまう。
■本屋でカレーライスを分け合う
バブルの追い打ち、多店舗の失敗。
相次いで起こる苦労の中にも、崇さんが救われたのは
「哲学」や「ノンフィクション」といった、かつて崇さんが好きだったジャンルの本だった。多くの人々の「物語」を読むことで、自分のことに置き換えたり、心を支えてくれるものは多かったのだとか。
それから崇さんの強みは「仲間の存在」。どんな苦境に陥っても、必ず話を聴いてくれたり、相談に乗ってくれたり、一緒になにかしようと提案してくれる仲間がいる。だからこそ崇さんはこんなにも勇敢でたくましさを持ちながら、優しい方なのだと思う。
そんな新栄堂のお話を聞いた後は、崇さんの前の会社の仲間の方が作ってくれたカレーライスとポテトサラダをいただく。
小さな本屋さんだから、みんなでテーブルを分け合って、くっつけてできたその姿は、まるで小学校の給食の風景。みんなで手を合わせて、美味しい、美味しい、と言いながらカレーライスをおかわりする。全て食べ終わったらみんなで食器を片付けて。
ああ、これが本屋の持っている本来の温もりなのだ。
その後もお話は止まらず、この旅に参加しているゲスト全員が、「崇さんとの出会い」をテーマに語るという時間もあるほど。みんな知り合いなのかと思っていたが、崇さんとの縦のつながりだけで、横のつながりがない人もいて、なんだか崇さんを中心に生まれた円が目に見えて今繋がっているようで面白い。
■本は雨が苦手だけど
雨はまだ降っていた。しとしとと、冷たい水の粒だった。
本は雨が嫌いだ。湿気にも、水にも弱い。
だけど今日の雨はまるで小説の一節に出てきそうな美しい降り方をしているから、
きっと今日の雨だけは、許してくれると思う。
それにしても、本当に素敵な雨だ。
早川遥菜
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