AETEとわたし
今年花咲く桜の木は、
本当ならば沢山の人に見られるはずでした。
桜もさぞ悲しんでいることだろう、と勝手に思い込み、
マスクを深くかけた私は
足元を見ながら、木の下を通り過ぎようとしていました。
すると上の方から花びらが一枚、私の目の前を下へ下へと流れて行って、
地面にぴたりと張り付き、
その花びらが、さっきまでくっついていた木の方に向かって微笑んだような気がしたので、
花びらに従うように
上を見上げると、
そこには、風と一緒に一生懸命、
花びらを揺らす沢山の桜の木の姿がありました。
それはいつかの春と変わりない、
おんなじ、美しい、
春の訪れを、
桜は私たちに教えてくれている。
それは、誰が見ていようと、見ていないだろうと、
関係なく。
美しいなあ、と思います。
日常の些細な出来事は、
誰かの目に留まることがなければ、
自分でさえも気づかないことだらけで、
そんな「日常」の物語の美しさを伝えるために、
AETEは生まれました。
現在そんな日常の物語を紡ぐことさえ
難しくなっているということに、
本当に胸が苦しく、また何もできない自分が悔しく、思います。
そしてそんなときこそ言葉を紡ぐべきはわたしであるはずなのに、
なぜか今だけ、自分が紡ぐ言葉を一回一回「答え合わせ」しようとして、
誰かが、或いは自分が傷つかないように考えてしまって、
そして考えて考えて出来上がった物語は
少し手を離しただけで言葉がどこかに吹き飛んでいきそうになる。
最後の言葉に何がふさわしいのか、
いま、わからなくなっています。
言葉はとてもやっかいで、
でも、そんな言葉が愛しいとも、
改めて感じています。
私はAETEを通して、
沢山の人に、出会いました。
出会いは美しい一方で、出会いの分だけ
心配事も、不安も尽きません。
でも、出会う人の全員が、見上げた先に広がっていた桜の木のように
どんなときも美しく、自分に正直に、素直に生きていて、
そんな素晴らしい人たちの物語を紡げたことは
本当に幸せなことで、
感謝の気持ちしかありません。
私はAETEを一度は離れることになりますが、
優しくて、温かいこの物語たちを、
いつまでも、アルバムのようにめくっていたい。
そして皆さんにとっても、
元気が出ないとき、寂しいとき、不安なとき、
もちろん嬉しいときも、
帰れる場所、故郷のような場所に
AETEが在れば、嬉しいです。
引き続き4月からも、
AETEを宜しくお願いいたします。
ありがとうございました。
2019年度編集長 早川遥菜