彼らの想いがモノとして形に表れる。:札幌
■物語を集めたら
アウタビ2日目。私は旭川にいた。
札幌も寒かったけれど、なんだかもっと寒い。北海道ってでっかいどうだなあ、ほんとに。
旭川は今回のアウタビ北海道ホスト、松森さんの地元ということで、少しだけ案内してもらうことになった。
大きな駅から一歩離れると、シャッターが閉まった商店街が立ち並び、人気もまばらだ。
でも私には、通りすがる店や人の中に、きっと誰にも話したことのない物語たちがうずうずしているのが見える。約束をしなくても会いたい人に会える不思議なカフェがあったり、近所の人が自然と集まれる喫茶店があったり…この街だから生まれる物語がきっとたくさんあると思うと、そんな物語を拾うことができずに街を去るのはなんだか心苦しかった。
■昨日も今日も
食に続いて、今回は「モノづくり」。
旅の会場を提供してくれたのは、札幌のモノづくりを応援するコワーキングスペース「CreativeLounge SHARE」の斎藤さん。なかなか広がらない「モノづくりの街札幌」のイメージを作りたい、という想いでこのスペースを作った。札幌には「SHARE」のようなスペースが少ないことから、一緒に場所を共有することで札幌にいるモノづくりの人たちが共感しあえる空間を提供している。
そんな素敵な旅の会場にやってきたゲストたちの顔に、どうも見覚えがある。
昨日に引き続き、「楽しかったから」と来てくれた人がいっぱいいたのだ。昨日と変わらないステッカーのお土産も喜んで受け取ってくれる。嬉しいなあ、嬉しいなあ。
そんな今回のアウタビ北海道も、松森さんのお話からスタート。人の物語を聞くことは、みんなにとってありそうでない時間だから、どこか不思議そうな顔をして聞いていた。
■言葉と一緒に珈琲を
今日の井戸端スピーカーも豪華な3人構成で進んでいく。
始めに話してくれたのが、可愛い容姿とキュートなエプロンがよく似合う、石田さえこさん。
ふわふわな彼女の雰囲気に、ゲストたちも思わず「かわいい…」と口ずさんでしまうほど。
話すのが苦手らしく、手には溢れるほどのメモ帳が見えた。練習までしてきたという中身まで可愛らしい人。
そんなさえこさんは、実は6歳のお子さんがいるお母さんでもある。
さえこさんは珈琲豆の焙煎士。ただ珈琲豆を売っているだけではなくて、手回し焙煎機で豆をジャランジャランと焙煎して、さえこさんらしい優しい言葉でそれぞれの豆にテーマや物語を加えてお客さんに届けている。ちなみに今回持ってきてくれたのは「新聞とラジオ」「チョコレートの好きなおじさん」「ガールズボート」の独自の3つのブランド。甘味、酸味、コクなどのバランスに合わせてテーマが決められているのだ。
「『チョコレートの好きなおじさん』は、私を育ててくれたカフェのオーナーがモデルなんです」
そんな物語を聴くだけで、珈琲の奥深さがどんどん増していく。
さえこさん、実は最初から珈琲に関わる仕事に就きたかったわけではなくて、青春の全てを勉強に注ぐ、看護師の卵だった。
病気がちでよく入退院を繰り返してきたさえこさんは、憧れを抱いて一度は看護師になるものの、失われた青春時代を取り戻すかのように、色々な活動を始めた。そんな活動の一つとして、カフェのお手伝いを始めることになる。
カフェで初めて感じた、仕事への「楽しさ」。
妊娠を機にカフェを辞めた後も、限りある人生の中で自分のやりたい仕事を追求したさえこさんが出会ったのが、焙煎専門店だった。
始めてみる妬きたての豆。普段飲む珈琲ってこんなに手がかかって、深くて、素敵な飲み物なんだ。さえこさんの珈に琲対する興味は深まるばかりだったという。
いつも好奇心旺盛でなさえこさんが言葉と一緒に贈る珈琲は、本当に美味しくて優しい味がした。
気が付いたら、あんなに「話が苦手」と言っていたさえこさんが、メモ帳に描かれていないことまで楽しそうに話していた。旅するトークが雰囲気が作り出す魔法のせいかな。
■使い続けて見えてくる「人の暮らし」
次に話してくれたのが、穏やかな雰囲気を持つ吉田慎司さんという方だった。
吉田さんは実は「中津帚」というほうきを作っている職人さん。
「中津帚」は神奈川県の箒で、穂先をほとんど切らず丁寧に揃えて作られているため、畳だけでなくフローリングでも傷つけることなく掃くことができるという優しい箒だという。
ほうき、と聞いてつい考えてしまった。私、箒を最後に使ったのはいつだろう。学校のお掃除で使ったり、「魔女ごっこ」をして足に挟んで飛ぶ真似をしたり、そんな遠い記憶しか思い浮かばなくて、最近は全く触れていないことに気づく。
吉田さん自身も、時代の流れによって箒が使われていないことを実感しながらも「箒」という物からその街やその人の暮らしぶりが見えたり、営みに言葉を載せることができる素敵な道具として箒を作っていた。
そんな吉田さん、実は生まれは東京。大学は彫刻を専攻し、暮らしとモノの関係には興味があったものの、暮らしの在り方や社会の仕組みなどその細かな部分にはいつももやもやとした部分を感じていた。
暮らしや社会の根本になっているものはなんだろう。そう考えた吉田さんは、民族資料室にばかり通うようになる。そんなとき、偶然にも箒の展示のワークショップに参加することになった。そして吉田さんは気づく。
この世には、数多くのモノで溢れているけれど「みんなが知っている」道具だからこそきっと繋がることができるかもしれない。ほうきにそんな力を感じ取った吉田さんが選んだのが、「箒職人」への道だった。
といっても、吉田さんは今でも「作る」という行為には良い意味でハマっていないらしい。
あくまで自分が大切にしているのは「人とのつながり」。だから人生のパートナーに「ほうき」を選ぶことに恐怖はなかったという。
どんなに良い箒を持っていても、生活が崩れていたり、掃除をしない人が持っていては意味がないのだ。使い込んで、古くなって、そうしてモノには、味が出てくる。
■目に見えるものと見えないものを
最後に話してくれたのが、青池茉由子さん。
実は青池さん、吉田さんとは同じ大学。同じ学び舎にいながらも別の道に向かって歩き続け、そして今日同じ場所で物語を話しているのだから、本当に面白い。
青池さんは現在札幌で「BLUE POND」というデザインアトリエを作り、ガラス素材を使った作品を中心に、イラストやデザインなど幅広く活動している。
おっとりしていて優しい笑顔と声が特徴的な「癒し」効果抜群の青池さん。でも実は様々なものに興味を持つ好奇心旺盛な人だった。
大学ではガラスを専攻。といいながら、やっぱりやりたいことは次から次へと溢れてくる。
私はなにになりたかったんだ、何をしたかったんだ。進路に迷いながらも好きなことには全力で向き合い続けた。
そしてそんな青池さんが出会ったのが大阪・堺にある鋏鍛冶の「佐助」。
長い時間をかけて形作られた美しいはさみの存在を、広く人に知ってもらうためのあらゆる仕事だった。
今までやったことのない分野に戸惑いながらも、素敵な親方や仲間に恵まれ、モノづくりの奥深さに触れていく。
「BLUE POND」というアトリエの名前には、青池さんの名前(ブルー・ポンド)に加えて、青く美しい池をみんなで作ったり、囲んだり、遊んだりする場所になるように、という青池さんの優しい想いが込められている。
そんな青池さんの作る作品は、ただ美しいだけじゃない。
なぜ「ガラス」という素材が好きなのか。
ガラスは形はあるものの、無色透明で、反対側が透けて見える。それは水のようで、空気のようで、光のようでもある。
「目に見えるものと目に見えないもの」の2つを共有したり、流れを生み出すことは、生きるうえで大切なこと。モノをデザインするときは、コトをデザインすることを忘れない。
そんな想いを大切にしている青池さんだからこそ生まれる作品の多くは、清く純粋でいつまでも見ていたい、と思えるようなものばかりだった。
そんな青池さんの話に興味を持ったゲストの人が質問をした。
井戸端会議なので、質問も大丈夫なのがこのトークイベントの居心地の良い秘訣。
青池さんは、そんな質問の一つ一つにも、優しく、しっかりと答える。
優しい青池さんが作る作品、見てみたいなあ。