8月4週目の「みんなのあのね」
現在開催中の企画『みんなのあのね』、8月22日~8月28日の日記をご紹介します。
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■8月22日(日)
「世界人類が平和でありますように」 混沌としたこの世界の、行ったこともない国の人々について思いを馳せる。雲行きの怪しいニュースが流れてくるたびに、「世界平和」を願う。 けれどその願いは、いつ何時でも頭の中にあるわけではない。私は目の前の自分の生活を生きるのに精一杯だ。常に祈ってはいられないし、お金を送れるわけでもない。その事実は時々、私の心を苦しめる。何かが矛盾しているようで、自分の傲慢さを突きつけられている気がして。 でもやっぱり今日も、8月22日を精一杯に生きている同じ人類として、世界のどこかの人々のことを思ってしまうのだ。色んな思いをお酒で流し込んで、眠る。「世界人類が平和でありますように」。
■8月23日(月)
真夜中、重い腰を上げて玄関のドアを開ける。行き先は徒歩3分のコンビニ。私はそれすら億劫に感じてしまうくらいの面倒くさがりである。出不精でエネルギーを消費しないとはいえ、お腹は空くし食べ物は必要だ。作る方が面倒なので、私はコンビニ弁当に頼ることにした。 歩き出してすぐ、先ほどまでの憂鬱な気持ちは薄れていった。蒸し暑さを覚悟していたが、そんなことはなくむしろ少し涼しい。夏の特有の高い湿度と気温の余韻が残る、気持ちの良い夜風が吹いている。調べてみれば、気温は24℃。しばらく外に出ていなかったけど、こんなに涼しくなっていたんだ。8月はまだ残っているというのに、もう夏の終わりを感じさせる。そんな夜を独り占めしながら、私は軽い足取りでコンビニへ向かった。
■8月24日(火)
「君」
白い砂浜。青い空。照りつける太陽。そんなものはどっかの誰かのためにも存在していて今日も誰かが空を承認欲求へと昇華させる。夏はもっと身近にいてくれて、それは次の瞬間別の夏へと変化している。1日の終わりを知らせるチャイムと入道雲、ミンミンゼミからひぐらしへと変わる瞬間、あなたの首筋の汗。そんな些細な出来事が僕にとっての夏であり、忘れてしまう夏なのである。夏は壊れやすいから、大切に掬ってあげないと永くは生きてくれない。夏の大切さは失ってから気付く。どう足掻いても終わってしまうこの日常を、せめて残せるようにと。僕は夏に向けてシャッターを切る。
■8月25日(水)
最初から添い遂げるつもりはなかったはずなのに、別れの予兆が見えると泣きたくなるのはなぜなのか、ということを考えていた。人は変わっていく生き物なので不変を願うことがそもそも間違いなのかもしれない。けれど、一生を共にするくらいの覚悟がなければ人と暮らすことも、人の深層に踏み込むこともできないだろうとも思う。意識的/無意識的に関わらず、自分の1番傍を誰かに許した人はそういった類の決断をしたのではないかな、そうでもないのかな。何にせよ私にとっては眩しいことだ。血縁ではなく、自分の意志で選んだ近しい人のことに思い悩む人々を肯定したい。友人の恋愛話を肴に麦茶を飲む、夏の午後に思うこと。
■8月26日(木)
友達と車で少し遠出をして湖に行った。遊泳もできる大きな湖なのに、ほとんど人はいなかった。夏も終わるからなのか、天気予報は一週間ずっと曇りか雨だったからなのか。予報に反して、この日だけは気持ちいいくらいに晴れていたのに。 晴れた湖を友達と二人占めして楽しんだ。二人揃ってインドア派なのに、珍しくはしゃいだ。帰りながら、「また来ようね」なんて言ってみる。「次はあそこにも行ってみたいね」と盛り上がってから、現実に引き戻された。果たしてその「次」は来るのか。 私には一年半延期された冬からの留学が待っている。友達は留学せずに卒業する。卒業後も、私はおそらく海外に進学する。友達はおそらく国内で就職する。一緒に過ごせる夏は、今年が最後だったのかもしれない。
■8月27日(金)
「めぐりあわせ」
平成最後の夏、大切な人が去ってから3年が経った。めぐりあわせ、という言葉で一括りにしてしまいたくないと思うほど、自分に多くの気付きと変容をもたらした特別な出会いだった。そのために相手が去った時は信じられず、地の底に突き落とされ、強烈な痛みと悲しみ、喪失感に襲われた。心の中には常に自責の念と相手への恨みが同居し、答えの出ない自問自答を長い間繰り返しもした。
今となっては、やはりすべては、めぐりあわせ、なのだと思う。そうとしか言えないのだ。 そう言うより仕方がないのだ。それを知ることで、私はようやく矛を納め、自分の気持ちに折り合いを付けることができたように思う。今の気持ちやすべての記憶は、来年の夏、いったい何処をどう旅しているのだろうか。
■8月28日(土)
好きなのかもしれない。
この映画を見て、途中ちょっと寝てしまった、高校生の直球勝負が照れくさかった、隣の人が私が荷物を置き終わるまで座席をおさえていてくれた、映写機の光が反射した埃がとてもキラキラしていた、そんなことを話したいと思ってしまうのが、答えなのではないだろうか。そして何より、わたしの取り留めのない話を聞いて、穏やかに笑ってくれる顔が浮かぶのだ。
本当に好きなのかもしれない。
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今週もご参加頂きありがとうございました!誰かを想うことについて書かれた日記が多く、私も会いたい人のことを思い浮かべながら読ませて頂きました。
2021年8月31日まで、AETEでは『みんなのあのね』へのご投稿を募集しています。
下記の投稿フォームにて、規約と投稿テーマをご確認の上、「投稿文」の欄に文章をご記入ください。(100字~ 700字程度)
※文章に関連した画像をお持ちの方は、投稿フォームの「投稿画像」欄より画像を添付して下さい。
(画像がない場合、編集部の方でイメージ画像を選ばせて頂きます。何卒ご了承下さい。)
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来週もお楽しみに!