AETE あの人がいるから旅したくなる。アエテ

早川 遥菜
19年度編集長
早川 遥菜

ハンバーグが大好きと公言していますが、 「母の作る」ハンバーグが大好きなのです。 気持ちに素直な人であり続けるために、 今日も沢山の物語に出会います。

2019.02.09

浦正さんの『あなたの周りにある草花の美しさに気づく、水墨画』

会えて report

■雪降る日に

白い雪が東京の街を優しく染める、特別な日。
街路樹の葉や線路に、私の傘に、ちょっとずつ積もっていって。
そして横浜の隅っこにある、暖かみ漂う家の門をそっと開けたとき、その表面にはしっかりと白い重なりがありました。

そんな冬らしさを感じる日に、新しい物語を私たちに伝えてくれたのは、水墨画家として国内外で活動する浦正さん。

今回は私の友人をANDSTORYに招いての体験、ということで、いつもより少し違った新鮮な感じ。絵を描くのが苦手、と不安な顔をする友人をなだめつつ、実は私自身も初めてのことをするときは、いつも緊張してしまうのです。
「ようこそ、雪の中わざわざお越しくださいました」

私たちがすぐに体験を始められるようにと、既に行儀よく並べられた道具たちは思っていたよりも少ない。絵を描くとなると、たくさんの絵の具やパレット、大きさの異なる筆を用意しなくてはならず「面倒くさい」イメージがあったけれど、水墨画で使われる道具はとてもシンプル。あっという間に始められるのが、この水墨画の特徴だといいます。


■優しい水墨画の世界に入る

最初に、基本的な道具の使い方を説明していただきます。浦さんに習う筆の持ち方は、鉛筆の持ち方と少し違っていました。これは、力を入れすぎないようにするための持ち方。優しい水墨画の世界はここから始まっているのです。
次に、「調墨」という技を教えてもらいます。色をたくさん使う油絵や水彩画と違って、水墨画で使うのは墨だけなので、描くものの色の違いを表現するのに大切な技法。浦さんのお手本に従って、筆先に墨を染み込ませ、和紙に線を引いていきますが、これがすごく難しい。かすれず最後まで真っすぐな浦さんの描く線に対し、私のは、ぐらぐら、ふにゃふにゃ、かすかす。
それでも、「いいですよ、よい感じです」と、優しくフォローしてくれる浦さんに励まされながら何度も練習するうちに、少しずつコツがつかめるようになってきました。
調墨の練習の後は、いざ実践。浦さんが背筋をピンと伸ばして、真っ白な和紙にためらうことなく何かを描き出しました。

色の差をつけて葉っぱと花びらを作り出していって、そうして出来上がったのは一輪の牡丹。美しすぎて、思わず「すごい…」と声が。
浦さんがあっという間に描き上げた絵に比べて、どうしてだろう、私たちの描く花には、なんとなく生命力が備わっていません。

「水墨画を始めて、色んなものを注意深く見るようになりました。金木犀の葉っぱは上を見ていたり、街路樹も種類によって全然違った形をしていたり。子どもと公園に行った時も、違った目線で公園を楽しむことができるのは、得だなって思います」

普段から街のあちこちで生きる草花を生き物として観察していることが、生命を備えた絵を描くことができる理由なのかもしれません。

■見方を変えると

そしていよいよ、私の番。大きな紙に、思い思いの絵を描いていきます。筆を使うだけでなく、紙を折り曲げたものに墨をつけてスタンプのようにしたり、もう何でもいいのです。とにかく、迷ったりためらったりしては進まない。今描く一瞬に全力を出すこと。でも、「ここまで」という止める勇気もまた必要だということ。

この、止める勇気が難しかったのです。書かなければよかった、という後悔の一筆をしてしまったとき、私は思わず紙をもう一枚、貰おうとしました。
「そうかな、見方によっては、こんなに素敵な絵にもなるんだけどなあ」
そう言うと、浦さんは私の描いた絵を時計回りにくるくる、くるくる。すると何だかものすごく素敵な絵に見えてきたのです。

すごく不思議な体験でした。最初は絵が苦手だと言っていた友人もまた、自分の絵を何度も見つめています。その目はキラキラとしていて、苦手なものを目の前にした表情とはとても思えないほど。
こうして出来上がった私たちの作品は、額縁に収め持って帰ることができるという嬉しいお土産付き。出来上がった作品を前に、お菓子をいただきながら反省会。ここで浦さんの優しい物語に出会えました。

■将来より、今を全力で生きる

絵を描くことが大好きだけど、絵で生活するということにはまだまだ共感を得るのが難しかった学生時代。自分には何ができるか探すために、長崎から福岡に移り、印刷会社に勤め始めた浦さんは、食べる時間も惜しまず、様々な絵を描き続けました。
チラシのレイアウトの余白部分にオリジナルのイラストを添えたことがお客さんに褒められるようになると、いつのまにか会社にはイラストの部署ができてしまっていたというほど、浦さんのイラストの力は多くの人を虜にしていきます。
その後、フリーランスとして福岡の街を自転車で売り込みに回る毎日が続きますが、パソコンやデジタル技術が流行るようになると、その知識不足を補うためと新しい仕事を求めるために、浦さんは東京にやってきました。
タウンワークの「ア」の行からひたすらに仕事探し。「ハ」のところでやっと縁ある会社と出会い、浦さんは会社員として働き始めることになります。

■自信を取り戻してくれた「水墨画」

そんな風に始まった物語はたくさんの仕事と作品の積み上げが証明するように、順風満帆のはずでした。

「似顔絵を描いてください」と言われたとき、自分は本当に絵がうまいのか?と自信を無くしていることに気が付いたのは、上京して7年ほど経った頃のこと。キーボードのボタンを押すとすぐに消せるパソコンのイラストと違って、手書きには「やり直し」が効きません。

そんなイラストレーターとしての自分の価値に対して疑問を抱き始めたときに出会った、「伊藤若冲展」での一枚の鶴の絵は、浦さんに大きな衝撃を与えました。畳一枚分の大きな紙に、迷うことなく描かれた鶴。大きくて寛大で、勇気さえ感じたといいます。
今描いている筆が、どんな結果を与えるのかはわからない。だけど、そのゴール地点が違ったとしても、今この一筆を全力で描けば、絶対に良い作品になる。水墨画との出会いは、それからの浦さんの仕事に対する思いも変えてくれました。

■これからの水墨画への想い

「人の前で描いても動じない人になりたかったのです」
描いては捨て、描いては捨てて、今の自分を超えるために没頭し、その先に生まれてくる水墨画の世界は、今の時代だからこそ若い人に経験してもらいたい、と浦さんは話します。

「sumi-e society奏墨(そうもく)」という浦さんの開く絵画教室の名前には、横文字と、「ぼく」と読まずに「もく」と読む部分に、若い人に親近感を持たせる工夫があります。
「仕事や勉強、パソコンやスマホなどデジタル社会に生きる人に、息抜きの一つとして水墨画を体験してほしい」
生命を捉え、生命が描き出す水墨画の優しい世界は、こんな時代だからこそ、輝くのかもしれません。

気が付けば、空は真っ暗。雪は小降りになり、家々の明かりが白い街をより一層明るくしていた。白い街の中を歩く私たちも、紙に筆を置き、描き出すことに躊躇し戸惑う私たちも、これから社会に出て生きていこうとする私たちも、全て繋がっているように感じた。

そして、横を見ると嬉しそうに電車を待つ友人の姿が。
誘ってよかったと心から思えました。
浦さんの一歩は、私たちの一歩になったのかもしれません。


浦さんのストーリー(体験)はこちらから あなたの周りにある草花の美しさに気付く、水墨画

文:早川遥菜

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