AETEは”まちの魅力やまちを彩るひとの物語”をお届けするメディアです。
そして1つ1つの物語に書き手の想いをのせることも大切にしています。
そこでAETEの書き手のことも知っていただきたいと思いました。
編集部内で行ったインタビュー、AETEのヒト×ヒト。書き手同士の想いのかけ算をぜひお楽しみください。
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今回はコミュニティーマネージャー・広報を担当しているうつみまなみさんへのインタビューをお届けします。
中高時代から現在のお仕事の話、アウタビ北海道のはじまりや今後のことをお伺いしました。
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■「やんちゃだけど順応性がある子」だった中高時代
ーまなさんは北海道のご出身と伺っています。
そうです!北海道の胆振地方出身です。
ー学生時代はずっと地元ですか?
中高は札幌で、寄宿舎に住んでました。
ー寄宿舎があるなんて珍しいですね!中高時代ってどんな子でしたか?
外出に許可がいる厳しい学校でした。でもやっていけたので、順応性があったんだと思います。
ちょっとやんちゃだったけど、叱られるのはすごく嫌いで。
真面目なのか真面目じゃないのか、よく分からない子だったと思います。
ー札幌の学校に行くことにしたのは何故ですか?
両親の方針で。地元の中学に進む子も多かったので自分だけ違うところに行くみたいだとは思ったけど、
人と違うことに面白味を感じていたから嫌では無かったです。
ー中高時代、楽しかったことはなんですか?
みんなでバレーの世界選手権を一緒にみるとか、ホラー映画みて騒ぐとか、そういうことが楽しくて!
SNSも無かったので外の世界が見えなかった分、充分楽しめたなと思います。
中高時代の仲良い子は今でも家族みたいな感じです。
■大学進学と共に東京へ、そして株式会社スマイルズに入社
ー高校卒業後、進学先として東京を選んだのはなぜですか?
進学先候補として高校付属の大学や推薦枠を見ている中で、いいなと思ったのが東京と京都の学校だったんです。
最終提出まで悩みつつ、京都の学校を第1志望にしていました。でも提出直前に消して、東京にしたんです。
なんでか分からないけど、「東京でしょ!」って思ったんですよね。
「最終的に東京な気がする!」っていう、直感です。
ー直感!なにか察知したんでしょうね。「東京きたら楽しいよ!」みたいな。(笑)
確かに楽しかった。(笑)好奇心旺盛なので、色々なサークルに入って、色々な考え方の人に出会って。
視野や世界がひろがる感じがしました。
ー楽しかったから、大学卒業後も東京にいようと思ったんですか?
北海道に帰るイメージがなかったんですよね。
地元にいたときは自分の好奇心を満たしてくれる環境がなく、中高時代(札幌)は自由に外出できる環境ではなかった。
でも東京に来たらやりたいことにすぐチャレンジできる環境があって、それが自分に合っていると思いました。
それで大学卒業後、株式会社スマイルズというスープストックなどを経営している会社に入社しました。
ーその会社を選んだのは何故ですか?
就活セミナーで企業のプレゼンを聞く機会があって、大企業の人が業績云々の話をたくさんプレゼンするのを聞いていて。散々そういう話を聞いた後に、出席者が全員スーツの中スニーカーを履いてラフな格好をした遠山さん(株式会社スマイルズの代表取締役社長)が出てきて、
「僕はアドレナリンが放出するようなことがしたいんだ。」と。
「分かる~!」と思ったんですよね(笑)
会社にとって初めての新卒採用というのも魅力的でした。
ー仕事内容ではなく、「遠山さんについていきたい」と思って決めたんですね。
同期はほぼそんな感じで入ってきてました。
遠山さんのプレゼンを聞いて「結局仕事ってそういうことだよね。やるならそういうことだよね。」と思ったんです。
◾︎本気で取り組んだ店長の仕事、そしてNGOへ
ー入社後、配属されたのはスープストック店舗の店長のお仕事だったんですか?
そうです!でも当時は店にマニュアルがなくて。だからこそ課題があったら自分で考えなきゃいけなし、
自分で乗り越えてかなきゃいけない。そういう意味ではいろんな経験させてもらいました。
店舗の売上施策や、数字を見ることはもちろん、人材採用や育成、フローの落とし込み…。
「全部、やったな。」って感じがしています。(笑)
ー仕事をしていく中で食に興味を持つようになったんですか?
そうですね。食に興味がある同期が多くいたことも大きいと思います。
でも中高の時から、フードロスに興味があって。
ある日体育の授業後の昼休みに先生が「右半分の子は全員分のお弁当を食べていい。左半分の子は食べちゃだめ。」と言ったんですよね。私、食べちゃダメエリアに座ってて。
なんで食べれないんだ!お腹空いてるのに!って本気でイラっとして(笑)
そしたら先生が「それが世界の現状よ。」と言ったんです。
ただの例え話だったんですけど、さっきの感じた怒りを与えている側なんだと結構ショックを受けて、
それが引っかかっていて…。
縁があって飲食の仕事を始めてからは衛生管理の問題などでフードロスって大量に出るなと実感しました。
また大学の時に国際政治の勉強をしていたので「いつかNGOに関わりたい」と思っていました。
そこで仕事が休みの日を使って、飢餓問題を解決しようとしているNGOでインターンを始めました。
そして30歳の時にスマイルズをやめて、NGOで働き始めました。
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